(動画時間30分10秒)
自撮り動画でも述べさせていただいた通り、今、人生の分水嶺に立たされています。
20年前からの悲願である「療院構想」実現の為に、多くを投げ売ってこれまで生きてきました。
しかし昨年の夏辺りから、徐々に短期記憶が覚えられず、明らかに脳の機能的な障害があるように思います。
以前、脳神経外科でMRIの検査をしてもらった時には、異常なしだったのですが、だんだん物忘れがひどくなり、盗られ妄想も出始めてきており、事故ったことは覚えているのですが、救急車で病院に搬送されたことまでは覚えているのですが、そこからどうやって自宅に帰ったのか、全く記憶がないのです。
「療院建設実現」を唯一の生きがいとしてきた自分にとっては、このまま脳の障害が進行するに連れ、自立した生活が出来なくなる可能性があるかもしれないので、悲願である大目標を諦めなくてはならなくなる恐れがあります。
そうなると、生きている意義を失くすことになり、何の尊厳もない生きた屍に成り下がり、「医療革命」の世直しどころか、社会に対して何の貢献もできない、ただの精神異常者として余生を送らなければならなくなります。
精神病院への送致や、施設への入所を余儀なくされ、自由のない集団生活を強いられることになります。
私は、それは絶対に嫌なのです。
何故ならば、自分の自尊心を崩すことになり、禁治産者として、これまでの全ての努力や辛抱が水の泡になり、生きていること自体に罪の意識が発生すると思うのです。
これでは、この先も家族に大迷惑を掛けてしまうかもしれないので、そうなる前に自分で命を断つことにしようと思っています。
死ぬことに対して過剰な恐怖感はありません。いつかは誰もが亡くなるのですから。
自尊心や尊厳があるうちに、死ねれば本望です。
私が死んだら家族は悲しむでしょう。
しかし、それは家族を不安に落とし込むようなことではなく、むしろ、私という爆弾を抱えている不安は無くなります。これまで何度か自殺未遂をしたことはありますが、死にきれなくて、気がついたら病院のベッドの上でした。
正直言って今回の出来事で、死にたい、消えてしまいたいという葛藤が大きく渦巻いています。
生きていくには「療院構想」実現が、唯一の頼みの綱なのです。
これに、全てを賭けています。人生、最後の集大成なのです。
叶わなければ、この世に未練はありません。
死んだら、願わくば、金のない世界に逝きたいです。
ネガティブな記事になってすみません。
ご高覧ありがとうございました。
hamano0708



