ホリスティック医療の実践に向けて ② | メンタルヘルス ~希望へ向かって~

メンタルヘルス ~希望へ向かって~

メンタルヘルスナビゲータによるカウンセリングの提供と、「ホリスティック医学」の概念を基盤とした「次世代型 療院構想」について発信しています。

こんばんは。hamano0708です。

 

先日の「治癒の扉をひらく④」では、30名以上の方に、いいね!

いただき、ありがとうございます。

 

前記事作成中に、最後に補足動画をつけようとしていたら、

その間に15名の方から、いいね!されてたものですから、蛇足にはなりますが、追記させていただきます<m(__)m>

前の記事の最後に貼り付けた自撮り動画(補足?蛇足?)を再貼り付けさせていただきます。

 

 

帯津良一先生の語録に、こういう言葉があります

 

【希望を処方する医療】

私たちが生きていく上で、希望ほど大事なものはない。人は希望に支えられて生きていく。医療も同様である。どのような状況でも、患者さんの希望の灯を燃やし続けていかなければならない。(帯津良一先生)

 

医師も含め、どの療法士様にも、同じことが言えると思います。

 

例えば、ホスピス病棟でも、患者様が逝去された後の世界に「希望」を持って戴けるよう、死への恐れを緩和し、最後まで患者様の「尊厳」を大切にするターミナルケアが行われています

 

私は、メンタルヘルス~希望へ向かって~

 

という、ブログ名で掲載させていただいています。

 

帯津先生の仰る通り

 

「私たちが生きていく上で、希望ほど大事なものはない。人は希望に支えられて生きていく」

 

のだと思います。

 

「平和」というのは、戦い争い奪って、その勝者のみ富を得、愛し合うことが許される「共同幻想」であるのでなないかと、私個人はそう思っています。これまでの歴史がそれを裏付けています。

少なくとも人類が在る限り、絶対という「平和」は存在しません。心に平和を持ち続けることが大切なのだと思います。

 

一方「希望」は個人に与えられた、誰も犯すことのできない、生きるために必須なこころであり「人は希望によって支えられ生きていく」ために燃やし続けていかなければならない灯であらねばなりません。

 

「希望」という言葉の思いに馳せられた、私の願いに共感していただけたら幸いです。

 

 

 

次に、ご好評いただいた、A・ワイル博士と帯津先生の「患者学」から、抜粋した語録を取り上げさせていただきます。以前書かせていただいた項目は割愛させていただきます。

 

 

「信念だけでも治ることがある」

(A・ワイル博士)

 

 

 

「病気は新しい可能性が広がるチャンス」

病気を宇宙からの『警告』としてとらえ、それをきっかけに「死」を強く意識して、深く考えたことのある人は、その後、豊かな人生を送ることが出来ます。(帯津良一先生)

 

 

 

「代替療法」(A・ワイル博士)

標準的な医学の世界から飛び出して、思い切って代替療法を探そうとする場合は、現代医学にたいするとき以上に賢い消費者になることが大切だ。

 

 

「治療法の選び方」(A・ワイル博士)

一般的にいって、きわめて深刻且つ執拗な症状、または通常の経験の範囲をこえていて、早急な手当てが必要だと思われる症状の場合は、現代医学を選ぶべきである。

 

 

「生きるために頑張りすぎない」 

がんのような病気を乗り越えていくためには、「何としてでもこれを乗り越える」という覚悟が必要になります。ですが、その思いがあまりに強すぎて「執着」になってしまうと、決してよい結果を生みだせません。(帯津良一先生)

 

 

中庸という言葉があります。

「中国の哲学書で、孔子の孫の子思の作として伝えられています。(中略)天と人間を結ぶ奥深な原理を説いたものとして、特に宋以後に重視された。」「考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。過不足がなく、極端に走らないこと。また、そのさま」

 

健康と病においても、同じことがいえるのではないでしょうか。病に対し、自力で立ち向かおうとしないで、その病の患者様を意味する上に於いて、A・ワイル博士と帯津先生が先に述べておられるように、

 

「信念だけでも治ることがある」

(A・ワイル博士)

 

「病気は新しい可能性が広がるチャンス」

病気を宇宙からの『警告』としてとらえ、それをきっかけに「死」を強く意識して、深く考えたことのある人は、その後、豊かな人生を送ることが出来ます。(帯津良一先生)

 

「代替療法」(A・ワイル博士)

標準的な医学の世界から飛び出して、思い切って代替療法を探そうとする場合は、現代医学にたいするとき以上に賢い消費者になることが大切だ。

 

ということであるといえます。

 

また、魂・霊性という目に見えない病態の根になるものの存在を認め、統合医療の現場で、それらに対しに治病に活かされることができれば、人間本来の自然治癒力によって、がんのような難病でも、治癒できる可能性はあるのではないかと言えます。

実際、癌が完治したという症例報告は、たくさんあります。

西洋医療では説明のつかない、驚異的な事例のひとつです。

奇跡と言われる方もいますが、治るべくして治ったのです。

奇跡だと、例外になってしまいます。

 

森羅万象、あらゆるものは、いくつかの不可逆的な「法則」や「原理原則」「摂理」などによって構成されています。

それらは、個々の事象において「おおいなる存在」との「約束」であると考えます。

この「約束」は、地球上どこにいても厳守されなければならないものです。

人間も例外ではありません。

 

「温故知新」

今こそ、原理に根付いた、元来からの健康観に立ち返るべきではないでしょうか。

 

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

 

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