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コイン好みAtoZ

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東南アジア、タイ族による1782年成立のチャクリー王朝による王国。

かつてはシャムを国号にしていましたが、1939年に国内一部地域についての他国から呼ばれる『シャム』の名前から、タイ族の自称名称で自由の意味を持つ『タイ』に変更しています。

タイ=自由の意味は、wikiタイ族によれば中国古語の『大』が語源で転化されたものだと思われ、民族自体は中国南部の農耕民族が漢民族に押しやられて移動してきた人々だと言われています。

中国、インドとの交易で銀が主に使われた地域で、通貨バーツは重さの単位で約15gの銀に相当する価値として近代コイン発行前は、弾丸コインと呼ばれる銀塊定位コインが使われていました。地域柄を使ったコインが多い他、穴あきコインが多い国です。

仏教国で暦は1911年から仏滅暦を用いコインにも採用されていますが、1888~1910年まではRSラタナコーシン紀元(王朝が成立した年が1年)が採用されています。

※1アット青銅貨 RS118(1899)年

※1バーツ銀貨 RS124(1905)年 欧州風の紋章

※1サタン青銅貨2472(1929)年

※5サタンニッケル貨2462(1919)年

※2サルン(1/2バーツ)銀貨2462(1919)年 Ag.650 7.5g

※1バーツ銀貨 2460(1917)年 Ag.900 15g

※5サタン錫貨2489(1946)年 神鳥ガルーダの紋章

※10サタン銀貨2484(1941)年 .650 2.5g

 第二次大戦中のニッケル不足に対応して発行されましたが、銀を代用できるだけの経済力は凄いです。他では米5セントエルサルバドル25セント(大型化)等に事例があります。

また近代コインで穴あき銀貨はここと英領ニューギニアしかありません。

※25サタンアルミ青銅貨2500(1957)年

※10バーツバイメタル貨2532(1989)年

 

東アフリカ、タンガニーカザンジバルからなる連合共和国。

インド洋に面しアラビア方面との関わり合いが強く、中世にイスラムとアフリカの融合したスワヒリ文化が栄え、ポルトガルの進出もマスカット・オマーンに抑え込まれ、列強によるアフリカ分割まで海岸部はオマーン支配が続きました。19世紀末にタンガニーカはドイツの植民地(独領東アフリカ)となり、オマーンの分国ザンジバルは衰えて大陸部を失いイギリスの保護国として王宮のある島嶼部のみの領土となりました。

第一次大戦後タンガニーカは英領となり、1961年独立、ザンジバルも1963年スルタン国として独立しますが1964年革命によりアラブ人は排斥されます。アフリカ人による支配が始まると治安維持の為タンガニーカに協力を求めた事から国家の合併が成立、現在に至ります。

とはいえザンジバルには大統領がいる独立した自治政府があり、外交、軍事、通貨等を除き別国家として機能しているようです。

スワヒリ語を国語として統一を図っており、政治的に比較的安定した国です。

通貨は英領東アフリカシリングの後継タンザニアシリングが使われています。

※5センティ青銅貨 1966年

※1シリング白銅貨 1966年

※5シリング白銅貨 1971年 FAO、 独立10周年

☆203 ザンジバル

 ザンジバルでは当初マリアテレジアテーラー由来のリアル(=2・1/8ルピー)が使われた後、1936年にシリングと交換されるまでルピー(インドルピーと等価)が通貨単位で、独自コインも作られています。

なお旧領地であったケニアのモンバサは英領になった後似たデザインのコインを作っています。

※1パイサ銅貨1299年

※1パイサ銅貨1304年

 

台湾は中世に至るまで政治的支配体制に組み込まれていなかったようで、かつては南方系オーストロネシア語族の部族が住んでいた島でした。大航海時代にオランダにより植民地化された後、清朝の時代に中国本土の支配体制に組み込まれ、急速に中国化されたようです。

50年に及ぶ日本支配後に中華民国に返還され、本土の中華人民共和国に追われた国民党政府が移転し現在に至ります。

民主化された政府により近代化が進み、住民意識は中国人というより台湾人としての認識が強くなっているようです。国連には代表権を失って以降未加盟で承認国は減少していますが、実質的には国際的に承認された独立国家として機能しています。

通貨新台湾ドル(円、元)は、国共内戦最中で安定しない為に台湾省専用通貨として設定(日本円と等価交換)された台湾ドルを1949年デノミ(1/40000)して発行した地域通貨で、そのまま現在の通貨として流通しています。

※1角青銅貨 中華民国38年(1949)       ※2角アルミニウム貨 中華民国39年(1950)

※5角銀貨 中華民国38年(1949) Ag.720 5g 孫文

※5角アルミ青銅貨 中華民国43年(1954) 5月20日は愛してる日の意味?(=発音が似ている)

※5角黄銅貨 中華民国59年(1970)

※1円白銅貨 中華民国60年(1971)

※5円白銅貨 中華民国60年(1971)蔣介石

※10円白銅貨 中華民国73年(1984)

歴史的にシリアの名前はギリシャ、ローマ時代から使用され、アナトリアとエジプトの間の地中海沿岸地域を指します。大まかに現在のレバノン、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ及びトルコの一部を含む広域な地域名で、レバントとも呼ばれます。

第一次大戦後オスマン帝国領であったこの地域は、1920年アラブ人によるハーシム家のシリア王国設立は挫折に終わり、戦勝国のイギリスとフランスに分割され統治されました。フランス信託統治領は独立を拒んだ上に支配体制の強化を目論み宗派、地域毎の分断政策を取りますが、後に現在のシリア領域はシリア共和国として成立しました。

1946年独立、汎アラブ主義の流れで1958~1961の間はアラブ連合の名でエジプトと連合国家を作りましたが、エジプト支配に反発し離脱解消されています。しかしその後もアラブの国家連合の動きは活発で国旗や紋章に影響を与えています。国章のクライシュ族のにある星の数は3→0→3→2と変わり、関係の変化に対応しています。(アラブ連合時代はサラディンのを使用)

エジプト、リビアのコインも統一した同じ国章が使われた為、紛らわしいコインが多くあります。

シリアポンド(リラ)は、仏領になった際に20フランと等価で新規で設定され、暫くレバノンポンドとともに等価で相互通用したようです。なおアラブ連合時代も、シリアポンド通貨は継続発行されています。

★フランス領時代(1920~1946)

1/2ピアストル白銅貨 1921年

10ピアストル銀貨 1929年

25ピアストル銀貨 1933年

50ピアストル銀貨 1933年 .680 10gで仏10Frと同規格(価値)

★シリア共和国(1946~1958)

10ピアストル白銅貨 1948-1367年

25ピアストル銀貨 1948-1366年                          50ピアストル銀貨 1948-1366年

25ピアストル銀貨 1950-1369年

★アラブ連合:シリア(1958~1961)

2・1/2ピアストルアルミ青銅貨 1960-1380年

25ピアストル銀貨 1958-1377年

50ピアストル銀貨 1958-1377年                          50ピアストル銀貨 1959-1378年連合1周年

★シリア・アラブ共和国(1961~)

5ピアストルアルミ青銅貨 1965-1385年

50ピアストルニッケル貨 1976-1396年FAO貨

1リラ白銅貨 1979-1399年

中部ヨーロッパ、26カントン(州)から構成された連邦共和国。

中世、神聖ローマ帝国内のこの地で自治権を獲得した3つのカントンが、対ハプスブルグ家への自治独立を目的にした同盟が基で、軍事的な優位性を確立しながら加盟地域を拡大して成立しています。大国の狭間に位置し外圧に晒された上に、宗教問題も重なり混乱が続きましたが、1848年に連邦制が確立し、ようやく安定を見ています。傭兵を多く輩出した地域で防御能力も高く、国土に攻め入られるメリットを無くす事に重きを置いて軍事力を強化し守ってきた国です。

また1815年に国際的に永世中立国として承認されており、2度の世界大戦には中立を守り抜きました。

通貨フランは各カントン毎であった通貨を統一する形で1850年採用され、ラテン通貨同盟にも加入して金本位体制がとられました。極めて安定した通貨であり、100年以上同じ規格でコインが製造、流通している国です。銀貨は銀価格高騰の為1968年に白銅貨されましたがデザインはそのまま踏襲されています。公用語は4つあり、国名表示はラテン語のHELVETIAが使われています。

※1ラッペン青銅貨 1970

※2ラッペン青銅貨 1851A パリミント

※5ラッペンアルミ青銅貨 1986B

※10ラッペン白銅貨 1921B

※20ラッペンニッケル貨 1924B

※1/2フラン銀貨 1967B

※1フラン銀貨 1944B

※2フラン銀貨 1878B

※5フラン銀貨 1923B Ag.900 25g

※5フラン銀貨 1963B Ag.835 15g

※20フラン金貨 1915B