コイン好みAtoZ

コイン好みAtoZ

マイナーコイン好きなコレクターです。
いろんなコインを紹介します。
アルファベット順に目指せZまで。

ビロンBillonとは低品位の貴金属合金の事で、コインの素材としては低品位の銀を指す素材名称として使用されます。

ビロン貨はギリシャローマ時代から存在し、銀貨の貨幣改鋳で品位を下げ続けた事で生まれたもので、良貨を装う加工したコインもあったようです。

財政悪化のため品位を下げて発行した結果、インフレとデノミに向かうのはどの時代も同じだったようですが、ビロンは次第に低額面のコインの素材として定着して行きました。

品位.500未満が一般にビロンとよばれており、発行当初銀色をしていても使用されていくうちに独特のくすんだ色合いとなってしまう特徴があり、古いコインは経年劣化しやすいようです。

尚、補助貨幣とはいえど本位貨幣の銀定量に近い銀量が使用されている事が一般的です。

銀に対する割金の素材には、銅のみから銅メインに亜鉛、ニッケルを加えた色合いの良い洋銀のような組成に変わったようで、より銀色を出すのに工夫していました。

古いコインと近代の使用例の所持品を紹介します。

※ドイツ/プロシア 1シルベルグロッシェン1866年  Ag.220  2.196g

※ドイツ/ザクセン 1ノイグロッシェン/10ペニヒ1852年  Ag.229  2.126g

オーストリア/チロル伯領 3クロイツァー1663年  Ag.414  1.5g

※スイス/ベルン 1バッツェン1826年  Ag.?  2.46g

4 Kreuzerへの over-strike品と思われます。

ノルウェー王国  2スキリング 1785年  Ag.344  1.181g

デンマーク王国  2スキリング 1805年  Ag.250  1.5g

オスマントルコ 20パラ AH1255(2)年  Ag.170  1.7g

通貨改革でトルコリラを導入する1844年以前は大型の高額面貨でもビロン貨がほとんど。

※オスマントルコ 1ゾロタ(30パラ)AH1171(86)年  Ag.465  約14g
PCGS AU detail environmental damage 鑑定
※スーダン 20キルシュ AH1315(8)年  Ag.100  21.38g
マフディー国家時代

※スイス 20ラッペン 1850年  Ag.150  3.25g

Ag.150 Cu.500 Ni.100 Zn.250

※英領東アフリカ 1シリング 1925年  Ag.250  7.7759g

当地で流通したインドルピー(英1.5s相当)を意識した重量ですが、品位は低くされました。

※イタリア領東アフリカ 1シリング 1950年  Ag.250  7.6g

Ag.250 Cu.500 Ni.100 Zn.100 他.050

※チリ 10センタボ 1909年  Ag.400  1.5g

同寸同デザインで重量、品位の違いで4種類ある。(2.0gAg.835/.500/1.5g.400/.450)

※メキシコ 1ペソ 1966年  Ag.100  17.0g

Ag.100 Cu700 Ni.100 Zn.100  未使用品と流通品

※スウェーデン 50オーレ 1957年  Ag.400  4.8g

※フィンランド 1マルッカ 1967年  Ag.350  6.4g
Ag.350 Cu.570 Zn.080

※アメリカ 5セント 1942年  Ag.350  5.0g

Ag.350 Cu.560 Mn.090 大戦時ニッケル不足で製造

インドの藩王国とは英領インド帝国が形成されていく中で、直轄地以外の地域でイギリスへの従属の下に一定の支配権が与えられた領主国で、多い時期で約600も存在していたようです。

称号は国の大きさや成り立ちからマハラジャ(大王)をはじめとした多くの階級がありランクが明確に存在しましたが、イギリスからは全て藩王(prince)として呼ばれたようです。

統一インドのガンジーの願いも叶わずインド、パキスタンに分離独立した際、独立できずそれぞれがどちらかに帰属を強いられ、支配者たる藩王と多数派住民の宗教の相違も関係して現在まで紛争が継続している地域もあります。

主要な藩王国では英領インド本体と違う独自の通貨を発行し、独立した通貨体制を持続した国もある他、旧来の貨幣製造方法で継続発行した国等と多様なコインが存在し興味深い国々です。

文字のみのコインが多く読めない事で判別困難できず泣かされますが、味があるデザインが好みで最近数を増やしています。

膨大な種類があり網羅する事は不可能ですが、少し手持ちのコインを紹介します。

☆ハイデラバード(ニザーム)王国 haydaraabaad

1724年ムガル帝国宰相がニザーム(支配者)の称号を得てデカン高原に興したイスラム王朝で、1798年にフランス軍人を解雇しイギリスに従属するまで独立していた最大の藩王国。

1947年インド独立時は、周りをインドに囲まれたイスラム国家として独自の路線を取ろうとしますが翌年インド共和国に占拠され、併合し消滅しました。

ただし通貨ハイデラバードルピーは7/8インドルピーの価値で併合後にも発行され、、1959年の廃止までインドルピーと併用流通していたようです。

※2パイ青銅貨 AH1322年(38) =1904年

※1アンナ白銅貨 AH1356年

※8アンナ銀貨 AH1337年=1919

※1ルピー銀貨 AH1361年(32)11.178g

☆カッチ王国 Kutch

カッチ湿地に1147年成立、1819年に英保護下に入ったインド西部のヒンドゥー国家。

アラビア海に面し特に造船技術が発展していたといわれ、インド洋貿易で栄えた地域です。

現在も殆ど知られませんがカンドラ(ディーンダヤル)港というインドの主要港湾が存在します。

通貨コリは、独自の通貨体制で1948年1ルピー=31/2コリのレートで交換されました。

コインには英国王の名前の表記がある。

※3ドクダ(1/8コリ)銅貨 VS1985年1928

※1ダブ(1/8コリ)銅貨 VS1999年 1943年

※5コリ銀貨 VS1939年 1882年

※5コリ銀貨 VS1991年 1936年 エドワード8世銘

☆メーワール王国(ウダイプル藩王国) Mewar

8世紀から存在したインド北西部ラージャスタン地方にあったヒンドゥー王朝で中世には北インド一帯を支配下に置いた国でしたが、次第に衰退し1818年にはイギリスに従属した。

銀貨の重量はインドルピーより若干軽量で、レートは不明です。

※1アンナ銅貨 VS2000年=1943

)

※1/4ルピー銀貨 VS1985年(1928)

※1ルピー銀貨 VS1985年(1928) 10.86g

☆トラバンコール王国 Travancore

インド半島南西端のケララ州にあった国で、北にコーチンCochin藩王国

東南にマイソール藩王国  Mysore等が存在した。

これらの他南インドではファナム(Fanam)が基準単位として流通し、有名なファナム金貨をはじめ小型コインが多く作られた地域。

※1キャッシュ銅貨 ND (1928-49)0.48g 1/448ルピー相当

※マイソールC-212 1ファナム金貨 ND (1799-1868)0.38gヒンドゥー神Narasimha像

☆バローダ(ヴァドーダラー)藩王国 Vadodara

インド北西部グジャラート地方19世紀まで多くの独自コインを発行した。

※1/4ルピー銀貨 VS1952年=1894

☆グワーリヤル藩王国 Gwalior

バローダ同様インド北西部ラージャスタン地方にあったマラーター王国の諸侯が領主として興した国。

※1/4アンナ銅貨 VS1999年=1942

アンベール

☆ジャイプール藩王国 Jaipur(アンベール王国) Amber

インド北西部ラージャスタン地方に古くからある領主の国。

アンベールから1727年より首都を建設しジャイプールに遷都、1818年に英国に従属化。

独立直前まで独自通貨を旧来の打製コインを製造していた。

※1ルピー銀貨KM#.145 12年(1891) 11.48g

動物をモチーフにした図柄の中でゾウ柄はギリシャ、ローマ時代から存在し、近代コインの中でも人気のあるカテゴリーです。

象は中国文明の時代には黄河沿いにもまだ生息していたとも言われ、人類の発展による捕獲や開発が原因で生息地域が減少してきました。

特にアフリカゾウは古くから象牙目的の乱獲が酷く、近年の人間生活の拡大と急速な減少にようやく保護活動が活発化しているようです。

文化的にアジア地域ではインド神話で地球を支える存在として描かれる他、白象は各地で神聖視化される動物として崇められており、タイ等でそれに沿ったデザインも描かれています。

アジアゾウ、アフリカゾウの2種それぞれ生息する多くの地域でデザインに採用されており、収集品をここに紹介します。

保護活動の活発化により近年アフリカ諸国での採用が増加しており、アルジェリアエリトリアケニアにも所持していない象柄コインがあります。

またアフリカ諸国では象牙をデザインに採用している国もあり、重要な産物であった事を示す物として追記します。

※英領セイロン                                                                ※ラオス

※シャム(タイ)王国

※ベルギー領コンゴ

※リべリア

※ソマリア(イタリア領)

※マラゥィー                                                                    ※スワジランド(エスワティニ)

※ローデシアニアサランド                                         ※タンザニア                

赤道ギニア                 ※東アフリカ(英領)

 

船をデザインしたコインは古代ギリシャ時代からあり、現代まで多くの国々の図柄に採用されてきています。手持ちのコインを種類別に紹介したいと思います。

 帆船は軍事、交易覇権の象徴として、或いは過去の栄光や歴史を示す物として採用されている事が多いようです。その為実際のモデルをデザインしたものも多く、特に記念貨として発行されるコインが多くあります。集めてみると以外に種類が多くない印象です。

所持品以外では、ワイマール共和国Bremerhaven3,5マルクと、オランダ6 Stuiverが有名でほしいところです。

※モデルの船名がはっきりしている帆船 

カナダ Bluenose 国際レースで勝利を続けたノバスコシア州の漁業,レース用帆船 

カナダ Matthew 1497年ニューファンドランドを発見したといわれる小型帆船 

イギリス   東カリブ海諸国 Golden Hind ドレイク船長が乗船したイングランド公認のの海賊船 

南アフリカ Dromedaris リーベックによるケープ植民地建設に派遣されたオランダ船

ニュージーランド HMS Endeavour クックによる南太平洋探検第一回航海に使われた船

イタリア Santa Maria 他2隻コロンブスのアメリカ航海に使用された船団

アルゼンチン Presidente Sarmiento Frigate アルゼンチン海軍訓練用帆船 

ポーランドDar Pomorza ポーランド独立後グディニャ海事学校の練習艦 

ノルウェー Restaurasjonen 1825年最初のアメリカ移民団を乗せた船

スウェーデン Kalmar Nyckel 1638年アメリカデラウェアに植民に向かった船

元図柄の不明の帆船

ダンチヒ、ポルトガル、デンマーク領西インド諸島、ギリシャ

※ガレー船 galley

主に地中海で古代から使用された櫂を漕いで進む軍艦。帆も備わっています。

左上より、レバノン、キプロス(紀元前7世紀の壺の絵柄を採用)、ギリシャ

※バイキング船

中世のスカンジナビア地方からバルト海、北海沿岸方面に進出活動したバイキングの船で竜の頭が特徴的です。

エストニア、英王領マン島

※アウトリガーボートOutrigger Sailboat カマカウcamakau

東南アジアから太平洋諸島に至るオーストロネシア語族の人々が移動する際に使われた船で、海上航行に安定した構造で、各地に様々な名前の船があるようです。

フィージーのカマカウは18世に紀頃から作られた帆付きカヌーで太平洋の島々の交易で使用されました。

左上から仏領ニューカレドニア、キリバス、フィージー

※ダウdhow 

インド洋沿岸地域で活躍した帆船で、大小様々な種類と名前があるようです。

左上より、クウェート(2本マストのブームBoomと呼ばれる中型船)、パキスタンアラブ首長国連邦マスカットオマーン南アラビア(イエメン)、ジブチ(仏領ソマリランド)、カタール

※その他の帆船

中華民国 ジャンク船            マルタ

オーストリア=ハプスブルク帝国の銀貨で19世紀〜20世紀半ばまで、中近東から東アフリカ地域を中心とした広い地域の基準通貨として流通したマリアテレジアテーラーですが、基準通貨として同等の規格で製造発行した国があり、ここにまとめてみたいと思います。

 マリアテレジアは神聖ローマ皇帝の地位を持続していたハプスブルク家カール6世の長女として生まれ、男系が途絶えた後の相続人として周辺国の干渉による継承問題をしのぎ、実質的な女帝(皇帝は夫や息子が即位)として統治した人物です。

1780年に死去するまで女王(大公)として支配地域のコインの肖像として使用され、1751年オーストリア、南ドイツの基準通貨コンベンションテーラーの規格(Ag.833 重量28.0668g含有量23.386g)でマリアテレジアテーラー銀貨は製造され流通しました。

当時オスマン帝国の銀貨は劣悪で、この銀貨の人気が高く、地中海沿岸レバント地方、オリエント方面やフランス方面との貿易決済にも使用され実質的貿易通貨として流通し始めていた為、最終年号1780年銘で製造は続けられました。

 1858年にオーストリアの正式通貨から外れますが、アラビア、アフリカ方面での信用と流通量は大きく製造は継続、貿易と植民地化で進出したイギリス、イタリア等で多く製造され、1961年の他国での製造中止まで、貿易用貨幣として大量に作られました。

16人の子供を出産したふくよかな肖像と、ローマ帝国由来の双頭の鷲の精巧で良質なデザイン

は特別な物として、偶像崇拝しないイスラム教徒にも受け入れられたようです。

モカコーヒーの交易にはこの銀貨が利用され、富として退蔵された事で一層このコインの流通を高めたようです。

MTT基準にした通貨制度を作った国としては、エジプトヘジャーズ(サウジアラビア)オマーンエチオピア等があり、イエメンでは1970年代まで実際に使用されていたとの事です。

現在でも1780S.F.銘そのままの形で非流通貨としてですが、ウィーンで製造されています。

☆㏎#T 1Restrike 1780 S・F・ Ag.833  28.0688g

☆ボヘミア(オーストリア領)㏎#816  1780PS-IK(1812-20Pragueミント) Ag.833  28.0688g

チェコ、プラハ製。製造時本国でも通用したタイプ

☆イタリア領エリトリア㏎#5 1Tallero 1918年 Ag.835  28.0688g

イタリア政府がデザインまで似せて使わせようとしたコインとして知られる

アフリカ進出で1889年エチオピア領から植民地となり、通貨発行をはじめるものの流通は失敗に終わり、以降はオーストリアよりMTTの製造認可を取得、ローマで製造し流入させた。

1タレロ=5リラで、エジプト20ピアストル=5フランに準じて導入させています。

☆アビシニア(エチオピア)帝国㏎#5 1Birr1889=1897年 Ag.835  28.075g

1855年正式に通貨としてMTTが採用され、1895年より等価格の独自通貨ビルを発行開始しましたが、発行数は少なく地方中心にMTTの流通は止められなかったようです。

また第二次大戦時のイタリア侵攻時にはイギリスもMTTを大量に製造し利用しています。

イタリア統治中もMTTは退蔵され続け、1941年の英領東アフリカシリングへの交換レートは1s10½d(1-7/8s)でした。

☆エジプト(オスマン帝国属領)㏎# 20Qirsh 1293(29)=1904年  Ag.835  28.0g

1834年、独自に20キルシュ(ピアストル)=1MMTとする貨幣制度を創設(金銀複本位制)。

1844年 等価であったオスマントルコ通貨のリラ単位創設時の切り下げに応じず完全分離。

1885年1英ポンド=0.975埃ポンド(97.5キルシュ)の金本位制導入時、1MTT=21キルシュ

5仏フラン=20キルシュと再評価されたといわれる。英語版wiki

☆イエメン(ムタワキリ王国)Y#7 1 Riyal 1344=1926年 Ag.83  28.07g

1918年オスマン帝国の撤退後独立し、MTTと等価の通貨リアルで通貨を製造、流通させました。

実際に流通したのはMTTで、使用感のあるコインは見かけないコインです。

南イエメンのクアイティQu'aitiではMTTにカウンタースタンプ打ちしたコインがあります。

☆マスカット オマーン#31 1Saidi Rial 378=1959年 Ag.833  28.07g

18世紀〜19世紀にインド洋交易で覇権を握り、東アフリカ沿岸に進出した国で主にMMTとインドルピーが主要な通貨でした。(1ルピー=64バイサ、230バイサ=1MMT(リアル)のレート)

通常貨分類でAg.500製含め140万枚も製造していますが、使用されたコインは見かけません。

品位の判別はほぼ不可能です。

他にザンジバル王国=オマーンの植民国家がMTTを基準にリアルを通貨単位とし、同規格の1リアル銀貨がありますが未入手です。

またMTTのカウンタースタンプ打ちはイエメン,モザンビークに正規例がありますが、ヒジャーズ王国等の多くは確証されておらず、1970年代以降に収集家用に作られた偽物のようです。

※参考文献

The Maria Theresa Thaler 1780

アラビアのマリア・テレジア銀貨 山崎祐輔著

Maria Theresa thaler(Wikipedia)

numista カタログ