ATMの紙幣取りだし口に | 浜田真実*文筆と朗読「まほろふ舎」

浜田真実*文筆と朗読「まほろふ舎」

昭和の終り頃、シャンソン喫茶「銀巴里」にて歌手デビュー。平成の中頃に、心と身体を整えるボイトレ教室「マミィズボイススタイル」オープン。「声美人で愛される人になる」「説得力のある声をつくる」等出版。この頃は「しげのぶ真帆」名義で、文章を書き朗読もしています。

仕事終わりに立ち寄った、某銀行のATM。

その店は、2台のATMが設置されているだけの小さなコーナー。

入口を入ると、30代~40代と思われる男性二人が、それぞれの台の前に先客でいた。

待つこと数分。

ひとりの男性が退出したので、空いた台の前に移動した。

「?」

見慣れないものを見ると、思考が混乱する。

紙幣取りだし口に、ぎっちりと詰まったお札の束。

4~5センチはありそうな厚みの札束が、ムッチリと紙幣取りだし口に詰まっている。

初めて見た…

これは、何?
神様からのプレゼント?
そんなわけはない。
忘れ物だ!

慌てて振り向き、出入口を見ると、先客のお兄さんの姿はない。

隣の台の男性の他に、私の後ろに並んでいた女性3人を残して、店を飛び出した。

お兄さんの背中が、遠のいて行く。

すみません!

お兄さんは、振り向かない。
こちとら、ボイストレーナーなのに!声が届いていないのか?!

すみません~~~!!!

他の通行人は、ギョッとしてみんな振り返ったのに、当のお兄さんは、スタコラと行く。

札束、いらんのかっ!!

滅多なことでは走らない私が、麻布十番の商店街をダッシュして、お兄さんの背中にタッチ!

「あ?」

という表情で振り返るお兄さん。
息を切らし、かなりの低音で告げる私。

お金、忘れてますよ!

「あ!やべっ!」

という表情で、慌てて走り戻るお兄さん。

ATMコーナーに戻ると、先程の男性1名と女性3名が、さっきと同じ姿勢で大人しく立っている。

お兄さんは、ATMの台にすがりつき、紙幣をガサッと取りだした。

その瞬間、私以外の4名が「おぉ~!」と感嘆の声を上げた。

ですよね。
相当な額ですよね。
忘れますかね。
こんな大金。

お兄さんは、「さ~せん!」という表情で、ニワトリみたいに、カクっと頭を下げて走って出て行った。

残された私と4名。

「見ました?スゴイ額でしたよね!」

私はやや興奮気味に4名に話しかけて、親指と人差し指で4~5センチの幅を作って提示した。

「ねぇ…」
といった女性3人の薄い反応を得て、自分の通帳から、先程の数百分の1程度の薄~い厚みの紙幣を取りだして外に出た。

すると、隣の台にいた男性が、私と並んで歩きながらニコヤカに話しかけて来た。

「僕、思うんですけど、イヤホンがまずいですよね。 
 あの人、イヤホンしてたんで」

「え!そうですか。だから呼んでも 聴こえなかったんだ~!」

「イヤホンしているとぼんやりするんですよね。 じゃ、お疲れ様でした!」

「そうですよね~、お疲れ様でした~!」

すっかり仲良し。

それにしても、お兄さん。
大金を忘れる位の、神経がズッポリ抜けた感じもさることながら、私の呼びかけに気付いてお金を回収して帰るまで、まったく、まったく、音声を発しなかった。
ひとことも!

ここは、おおきな声で、

すみません!助かりました! 
ありがとうございました!!


だろうがっ!!

イヤホンして歩いていると、ほんと、コミュニケーションが出来なくなるんだなぁ。

今度どこかで見かけたら、うちのボイトレに誘ってやる!

帰宅後、夫に事の顛末を話した。

そう。 
大金、見れて良かったね~。 
吉兆、吉兆


「・・・・・」

どうでもイイってことですな。
人様の札束だしね。
あまり意味のなさそうな札束だったし。

私、ぜんぜ~ん、うらやましくありませんからっ!
さて、明日も、がんばるか。