仕事終わりに立ち寄った、某銀行のATM。
その店は、2台のATMが設置されているだけの小さなコーナー。
入口を入ると、30代~40代と思われる男性二人が、それぞれの台の前に先客でいた。
待つこと数分。
ひとりの男性が退出したので、空いた台の前に移動した。
「?」
見慣れないものを見ると、思考が混乱する。
紙幣取りだし口に、ぎっちりと詰まったお札の束。
4~5センチはありそうな厚みの札束が、ムッチリと紙幣取りだし口に詰まっている。
初めて見た…
これは、何?
神様からのプレゼント?
そんなわけはない。
忘れ物だ!
慌てて振り向き、出入口を見ると、先客のお兄さんの姿はない。
隣の台の男性の他に、私の後ろに並んでいた女性3人を残して、店を飛び出した。
お兄さんの背中が、遠のいて行く。
「すみません!」
お兄さんは、振り向かない。
こちとら、ボイストレーナーなのに!声が届いていないのか?!
「すみません~~~!!!」
他の通行人は、ギョッとしてみんな振り返ったのに、当のお兄さんは、スタコラと行く。
札束、いらんのかっ!!
滅多なことでは走らない私が、麻布十番の商店街をダッシュして、お兄さんの背中にタッチ!
「あ?」
という表情で振り返るお兄さん。
息を切らし、かなりの低音で告げる私。
「お金、忘れてますよ!」
「あ!やべっ!」
という表情で、慌てて走り戻るお兄さん。
ATMコーナーに戻ると、先程の男性1名と女性3名が、さっきと同じ姿勢で大人しく立っている。
お兄さんは、ATMの台にすがりつき、紙幣をガサッと取りだした。
その瞬間、私以外の4名が「おぉ~!」と感嘆の声を上げた。
ですよね。
相当な額ですよね。
忘れますかね。
こんな大金。
お兄さんは、「さ~せん!」という表情で、ニワトリみたいに、カクっと頭を下げて走って出て行った。
残された私と4名。
「見ました?スゴイ額でしたよね!」
私はやや興奮気味に4名に話しかけて、親指と人差し指で4~5センチの幅を作って提示した。
「ねぇ…」
といった女性3人の薄い反応を得て、自分の通帳から、先程の数百分の1程度の薄~い厚みの紙幣を取りだして外に出た。
すると、隣の台にいた男性が、私と並んで歩きながらニコヤカに話しかけて来た。
「僕、思うんですけど、イヤホンがまずいですよね。
あの人、イヤホンしてたんで」
「え!そうですか。だから呼んでも 聴こえなかったんだ~!」
「イヤホンしているとぼんやりするんですよね。 じゃ、お疲れ様でした!」
「そうですよね~、お疲れ様でした~!」
すっかり仲良し。
それにしても、お兄さん。
大金を忘れる位の、神経がズッポリ抜けた感じもさることながら、私の呼びかけに気付いてお金を回収して帰るまで、まったく、まったく、音声を発しなかった。
ひとことも!
ここは、おおきな声で、
「すみません!助かりました!
ありがとうございました!!」
だろうがっ!!
イヤホンして歩いていると、ほんと、コミュニケーションが出来なくなるんだなぁ。
今度どこかで見かけたら、うちのボイトレに誘ってやる!
帰宅後、夫に事の顛末を話した。
「そう。
大金、見れて良かったね~。
吉兆、吉兆」
「・・・・・」
どうでもイイってことですな。
人様の札束だしね。
あまり意味のなさそうな札束だったし。
私、ぜんぜ~ん、うらやましくありませんからっ!
さて、明日も、がんばるか。