安い酒 高い酒 安い飲み 高い飲み
例えば友達の中でも一定の距離感やお互いに敬意を払うような存在とであったり、
これまであまりあけっぴろげな関係で付き合うような間柄でなかった存在と飲む時、
自分だったらどんな店を選ぶだろうと考えました。
つまり、
安い酒を飲む場を選ぶか、
高い酒を飲む場を選ぶか、
という二択を考えました。
結論として、高い酒を飲む場を選びたいと思いました。
なぜなら、高い酒を飲む場の方が、時間対費用が高くなるので酒席を大切にします。
そうすると、自ずと選ぶ話題や発言の内容が重く濃くなると考えるからです。
また、高い酒を飲む場、すなわち高い酒を出す店というのは、比較すれば
サービスや雰囲気に落ち着きがあったり、節度があったりすることが多いため、
自分自身の振る舞いにもそれが反映され、しっかり時間を過ごすことができると考えるからです。
これはある側面において、お金を大切にする人の下にお金が集まる、というのと
似ているのではないでしょうか。
何事に対しても意識的であったり、自分のスタンスを明確にする行動をとるということです。
そうするためには、一度止まって振り返ったり、見直す必要がありますね。
自分のこと、周りのこと。
これまであまりあけっぴろげな関係で付き合うような間柄でなかった存在と飲む時、
自分だったらどんな店を選ぶだろうと考えました。
つまり、
安い酒を飲む場を選ぶか、
高い酒を飲む場を選ぶか、
という二択を考えました。
結論として、高い酒を飲む場を選びたいと思いました。
なぜなら、高い酒を飲む場の方が、時間対費用が高くなるので酒席を大切にします。
そうすると、自ずと選ぶ話題や発言の内容が重く濃くなると考えるからです。
また、高い酒を飲む場、すなわち高い酒を出す店というのは、比較すれば
サービスや雰囲気に落ち着きがあったり、節度があったりすることが多いため、
自分自身の振る舞いにもそれが反映され、しっかり時間を過ごすことができると考えるからです。
これはある側面において、お金を大切にする人の下にお金が集まる、というのと
似ているのではないでしょうか。
何事に対しても意識的であったり、自分のスタンスを明確にする行動をとるということです。
そうするためには、一度止まって振り返ったり、見直す必要がありますね。
自分のこと、周りのこと。
包み込み上司
私の中で理想の上司というのは「包み込み」ができる人だと思っています。
どなって叱りつけたり、部下を不安にさせるより、
部下のどんな発言や行動にも、動じず対処し、認めることができる、
あるいは、冷静な説明で教えたり伝えたりすることができる。
人によっては、どんなことにも動じずプラスの受け止めて対処すること自体が
不得意な人、またその経験が少なすぎる場合があります。
そんな人の部下は不幸だと思います。
最下層の部下も不幸ですが、中間管理的位置の部下も不憫です。
特に中間管理的位置の部下が、包み込みを実践できるタイプだとなおさら。
人によっては、上に立つ者たるや常に厳しさをもって対処すべし、と
信じてやまない人もいるでしょう。
ただしそれは、その人自身が到達できる範囲を、自ら狭めているように思えます。
剣道の師匠も、年を取った人間の剣はがむしゃらでなく、
流れるように、相手を受けて返すものであると体現してくれました。
私の中で良い上司というのは、そんなイメージを想起させるものです。
どなって叱りつけたり、部下を不安にさせるより、
部下のどんな発言や行動にも、動じず対処し、認めることができる、
あるいは、冷静な説明で教えたり伝えたりすることができる。
人によっては、どんなことにも動じずプラスの受け止めて対処すること自体が
不得意な人、またその経験が少なすぎる場合があります。
そんな人の部下は不幸だと思います。
最下層の部下も不幸ですが、中間管理的位置の部下も不憫です。
特に中間管理的位置の部下が、包み込みを実践できるタイプだとなおさら。
人によっては、上に立つ者たるや常に厳しさをもって対処すべし、と
信じてやまない人もいるでしょう。
ただしそれは、その人自身が到達できる範囲を、自ら狭めているように思えます。
剣道の師匠も、年を取った人間の剣はがむしゃらでなく、
流れるように、相手を受けて返すものであると体現してくれました。
私の中で良い上司というのは、そんなイメージを想起させるものです。
若手といふものー業務編
仕事が楽しくない!
職場での人間関係がうまくいってない!
そのようなことは自分の中で客観的に受け止めようとするタイプの人間です。
愚痴ったりはしません。
でも、その嫌な感情や状況に、鼻をつまんでふたをすることもしません。
えぐっていきます。
んで、今回分かったのが、新人は黙って動け。
話す事考える余裕があるなら、余裕つくれないほど動けって話です。
沢山動いて、圧縮法を実践したとき、初めて何か気づきがある・・・はず!
オーバーワークになるくらい、自分に課せばいいんですよね。
うーん、でもオーバーになるほどワーク自体が無いときはどうすればいいんだ・・・
お客さんは少ないとか、商品の納入が無いとか、うーん。
それでも、一つのワークをどれだけ短時間で終わらせられるかとか、考えればいいのか。
まだまだ完全に模索中。
でも、自分にあるタレントと無いタレントを認めて、できないことに絶望せず、
できることを伸ばしていくしかないってことを、再確認しましたとさ、チャンチャン。
職場での人間関係がうまくいってない!
そのようなことは自分の中で客観的に受け止めようとするタイプの人間です。
愚痴ったりはしません。
でも、その嫌な感情や状況に、鼻をつまんでふたをすることもしません。
えぐっていきます。
んで、今回分かったのが、新人は黙って動け。
話す事考える余裕があるなら、余裕つくれないほど動けって話です。
沢山動いて、圧縮法を実践したとき、初めて何か気づきがある・・・はず!
オーバーワークになるくらい、自分に課せばいいんですよね。
うーん、でもオーバーになるほどワーク自体が無いときはどうすればいいんだ・・・
お客さんは少ないとか、商品の納入が無いとか、うーん。
それでも、一つのワークをどれだけ短時間で終わらせられるかとか、考えればいいのか。
まだまだ完全に模索中。
でも、自分にあるタレントと無いタレントを認めて、できないことに絶望せず、
できることを伸ばしていくしかないってことを、再確認しましたとさ、チャンチャン。
京都×台風=時雨秋verで涼しいランダム旅行
京都にでかけました。
第二の故郷って勝手に呼んでるけど、
京都さんのご迷惑にはなっていないと信じてる・・・・
今回の旅の目的は、ずばり食

美食の旅にするべく、事前に色々お店をしらべーの、予約しーので行ってきました。
予約という行為にも通じますが、いかに物事をprivaiteにできるかが、
最近の顧客志向の一つだと感じています。
例えば、京都で乗ったMKタクシー。
京都発で、数では圧倒的だったのが、質/サービスの向上著しく、例えば運転手さんの自己紹介で
始まり、行きたいところについて積極的に質問してくれ、むこうが提供できるサービスを考えてくれる。
ただし、個人とは違うので、特定の運転手さんに直で頼むことは効率を考慮して難しいということ。
予約したテーブルの場合、ふらりと立ち寄ったお店より、単純に多くの時間お店の人と関わることになり、
また、お店側も客側のストーリーの一部であることを認識するでしょう。
その中で、他愛無い話や、はたまた料理の内容について希望を聞いてもらったり、説明を受けたり。
単純により多くの時間を、対面で過ごすわけです。
今回よらせてもらったイタリアン×京風のお店で、丸の内にも出店しているところでは、
客の要望に最大限沿ったお料理を出すことを心掛けているよう。
何を要望してもいいみたいなんです。普通は苦手なものとかを伺うにとどめるお店がほとんどだと思うけど。
これも別の方法でのprivate感ですよね。
あるいはstoryができますよね、privateにすることで。
そのあとお友達の料亭ではもしゃぶをいただいたときと、ミシュランの星付きのお店で懐石をいただいた時、
女将さんと板長が路地の曲がり角まで見送って下さる、という共通の挨拶がありましたね。
それを全てのお客さんにやりきるには、お店が大きすぎたらいけません。
全く会話が無くて、それをやっても形式的になってしまうだけ。
ある種のprivateな瞬間をつくるのが、その最後のひとときのような気がします。
本当に色んな経験ができた旅だったなぁと。
京都のこじんまりした感じがいいですね。東京とは全然違う。そして考える時間をくれます。
色んな場所で観光客対応の工夫がなされる一方、地場の方々から見放されてしまったらいかん、という
厳しさが併存しているようで、今のままとことん安っぽくならずにいてほしいと思います。
ぜひ、京都。気付きがあると思います。
第二の故郷って勝手に呼んでるけど、
京都さんのご迷惑にはなっていないと信じてる・・・・
今回の旅の目的は、ずばり食


美食の旅にするべく、事前に色々お店をしらべーの、予約しーので行ってきました。
予約という行為にも通じますが、いかに物事をprivaiteにできるかが、
最近の顧客志向の一つだと感じています。
例えば、京都で乗ったMKタクシー。
京都発で、数では圧倒的だったのが、質/サービスの向上著しく、例えば運転手さんの自己紹介で
始まり、行きたいところについて積極的に質問してくれ、むこうが提供できるサービスを考えてくれる。
ただし、個人とは違うので、特定の運転手さんに直で頼むことは効率を考慮して難しいということ。
予約したテーブルの場合、ふらりと立ち寄ったお店より、単純に多くの時間お店の人と関わることになり、
また、お店側も客側のストーリーの一部であることを認識するでしょう。
その中で、他愛無い話や、はたまた料理の内容について希望を聞いてもらったり、説明を受けたり。
単純により多くの時間を、対面で過ごすわけです。
今回よらせてもらったイタリアン×京風のお店で、丸の内にも出店しているところでは、
客の要望に最大限沿ったお料理を出すことを心掛けているよう。
何を要望してもいいみたいなんです。普通は苦手なものとかを伺うにとどめるお店がほとんどだと思うけど。
これも別の方法でのprivate感ですよね。
あるいはstoryができますよね、privateにすることで。
そのあとお友達の料亭ではもしゃぶをいただいたときと、ミシュランの星付きのお店で懐石をいただいた時、
女将さんと板長が路地の曲がり角まで見送って下さる、という共通の挨拶がありましたね。
それを全てのお客さんにやりきるには、お店が大きすぎたらいけません。
全く会話が無くて、それをやっても形式的になってしまうだけ。
ある種のprivateな瞬間をつくるのが、その最後のひとときのような気がします。
本当に色んな経験ができた旅だったなぁと。
京都のこじんまりした感じがいいですね。東京とは全然違う。そして考える時間をくれます。
色んな場所で観光客対応の工夫がなされる一方、地場の方々から見放されてしまったらいかん、という
厳しさが併存しているようで、今のままとことん安っぽくならずにいてほしいと思います。
ぜひ、京都。気付きがあると思います。
プレゼン色々から考えたことー形式について
こんばんは。
昨日はセミナーに参加させて頂いていました。
経営について、社長さんたちや経営コンサルタントさんたち8人が登壇され、お話してくださいました。
皆さん多かれ少なかれ自分の経験を踏まえてお話されています。
小話も経験の一つ、
消費者意識の潮流についての分析も経験から導いた結論、
文化的違いについて言及する際も肌で感じた差異について話されます。
いかに多くの経験をし、その一つ一つにどれだけ感覚を研ぎ澄ますことができるか、
それが人間の面白さを決めるのだなーと実感しました。
続いて、自分の感覚で解釈した経験を、いかようにプレゼントするかという段階になります。
重要だと感じたのは、自分という人間の性格や得手不得手を、的確に理解すること。
それによって、自分に合ったプレゼンテーションの仕方というのは変わってくると思います。
ぐんぐん聴衆を自分の世界に引っ張っていくような、ストーリー重視のプレゼンもあれば、
論理を明快に、かつ息をつかせないほどに展開して聴衆に頭を使わせるプレゼンもあります。
現代をグローバル化という面から考えて、昔と決定的に違うのは、共有するバックグラウンドが必ずしも同じ人
ばかりを聴衆にするとは限らないということです。
例えば、笑いについて、日本の中でも関西と関東の笑いがありましたが、その垣根の高さの比にならない、
国によって違う笑いがあるでしょう。
コンテクストに依拠しない笑い、あるいは逆にどの文化圏でも人間関係において絶対に存在するシチュエーション
を想定した笑い、そのようなものでなければアイスブレーキングとして通用しない。
そういった意味では、個人的に有効かつ自分にもできるのではないかと思うやり方というのは、
そう多くの方はしていない経験の中から、それでも他者が知りたい聞きたいと興味が湧きかつ
納得性のある話を小出しにしつつ、基本的には能動的に聞いてもらえるような、質問を投げかけていく
そんなプレゼンを目指すと良いのかなと思いました。
私は基本的に、自分が独壇場で話すとネガティブとか反省の調子で終わらせてしまう癖があります。
逆に、人に相槌を打ったりして、短い会話のやりとりの中で、テンポよく話を前に進めるのが得意です。
プレゼンも、その辺りを客観的に反映させて、端的に、重ねていくような組立てならば、上手に聞こえるのかな。
日常の会話の中でも、実践してみようと思います。
★今日の読書
リクルートのDNA―起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)/江副 浩正

¥720
Amazon.co.jp
昨日はセミナーに参加させて頂いていました。
経営について、社長さんたちや経営コンサルタントさんたち8人が登壇され、お話してくださいました。
皆さん多かれ少なかれ自分の経験を踏まえてお話されています。
小話も経験の一つ、
消費者意識の潮流についての分析も経験から導いた結論、
文化的違いについて言及する際も肌で感じた差異について話されます。
いかに多くの経験をし、その一つ一つにどれだけ感覚を研ぎ澄ますことができるか、
それが人間の面白さを決めるのだなーと実感しました。
続いて、自分の感覚で解釈した経験を、いかようにプレゼントするかという段階になります。
重要だと感じたのは、自分という人間の性格や得手不得手を、的確に理解すること。
それによって、自分に合ったプレゼンテーションの仕方というのは変わってくると思います。
ぐんぐん聴衆を自分の世界に引っ張っていくような、ストーリー重視のプレゼンもあれば、
論理を明快に、かつ息をつかせないほどに展開して聴衆に頭を使わせるプレゼンもあります。
現代をグローバル化という面から考えて、昔と決定的に違うのは、共有するバックグラウンドが必ずしも同じ人
ばかりを聴衆にするとは限らないということです。
例えば、笑いについて、日本の中でも関西と関東の笑いがありましたが、その垣根の高さの比にならない、
国によって違う笑いがあるでしょう。
コンテクストに依拠しない笑い、あるいは逆にどの文化圏でも人間関係において絶対に存在するシチュエーション
を想定した笑い、そのようなものでなければアイスブレーキングとして通用しない。
そういった意味では、個人的に有効かつ自分にもできるのではないかと思うやり方というのは、
そう多くの方はしていない経験の中から、それでも他者が知りたい聞きたいと興味が湧きかつ
納得性のある話を小出しにしつつ、基本的には能動的に聞いてもらえるような、質問を投げかけていく
そんなプレゼンを目指すと良いのかなと思いました。
私は基本的に、自分が独壇場で話すとネガティブとか反省の調子で終わらせてしまう癖があります。
逆に、人に相槌を打ったりして、短い会話のやりとりの中で、テンポよく話を前に進めるのが得意です。
プレゼンも、その辺りを客観的に反映させて、端的に、重ねていくような組立てならば、上手に聞こえるのかな。
日常の会話の中でも、実践してみようと思います。
★今日の読書
リクルートのDNA―起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)/江副 浩正

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祝!!WE TRY一次試験突破
お久しぶりです、こんばんは。
すっかりブログから足が遠のくほど、ワインエキスパート試験前のつめこみ学習に追われていたかと思えば、
試験終了後のただならぬ敗北感と絶望感と喪失感から、読書に逃げ込んでいた23歳8月の第2・3週。
WE一次試験 合格いたしました~
めでたい!
でもでも、採点基準は非常に甘いと思いますね。
だいたい合格者速報の一覧、数えたくなくなるくらいの人数分の受験番号が羅列してありますもん。
しかし、とにかく、今年の試験は旧・新世界共に、例年あまり問題数の多くない国からの出題数が
全体に占める割合が高かったと思います。
あとは、イタリアのDOCについてガチで問題が出てたので、個人的にはテンパりました。
あと、ドイツも発泡については過去5年では出てなかったし、その辺りは順繰りで出てくるんだなと。
しかも、ギリシャははっきり言って「出ない」って山かけてたので←
見つけた時はもうパニック!
でも、軽くページめくっていたときに面白いなって思った名前とか、
世界史の知識とか、
ありとあらゆるものからguessしましたね。あんなにguess力使ったの久しぶりでした。
来月末には2次試験があります。6種類の利き酒。
明日は久しぶりに先輩方に会いに行こうと思います。いやぁ、受かってなかったらできない芸当ですもん。
いやはや、ホント受かって一安心~
受験以来のドキドキ感でした
すっかりブログから足が遠のくほど、ワインエキスパート試験前のつめこみ学習に追われていたかと思えば、
試験終了後のただならぬ敗北感と絶望感と喪失感から、読書に逃げ込んでいた23歳8月の第2・3週。
WE一次試験 合格いたしました~

めでたい!
でもでも、採点基準は非常に甘いと思いますね。
だいたい合格者速報の一覧、数えたくなくなるくらいの人数分の受験番号が羅列してありますもん。
しかし、とにかく、今年の試験は旧・新世界共に、例年あまり問題数の多くない国からの出題数が
全体に占める割合が高かったと思います。
あとは、イタリアのDOCについてガチで問題が出てたので、個人的にはテンパりました。
あと、ドイツも発泡については過去5年では出てなかったし、その辺りは順繰りで出てくるんだなと。
しかも、ギリシャははっきり言って「出ない」って山かけてたので←
見つけた時はもうパニック!
でも、軽くページめくっていたときに面白いなって思った名前とか、
世界史の知識とか、
ありとあらゆるものからguessしましたね。あんなにguess力使ったの久しぶりでした。
来月末には2次試験があります。6種類の利き酒。
明日は久しぶりに先輩方に会いに行こうと思います。いやぁ、受かってなかったらできない芸当ですもん。
いやはや、ホント受かって一安心~
受験以来のドキドキ感でした

大発見!!
個人的にだいだいだーーーい発見だったことがあります。
これは魚好きみんなを幸せにする大発見だと思うんです。
言っちゃっていいのかしら・・・
あるいは常識なのかしら・・・??
発表します!
焼き魚を食べるときに
えんがわの部分がうまくたべられないの、分かります?
あれ、根本の部分から身の中央に向けてかる~く真横にひっぱるだけで、
スッ
と、いとも簡単に、しかもキレーに身や骨から抜けるんです!
もーぉ、仕事から帰ってきてお魚食べてたら、これ発見しちゃって!
大騒ぎです、お父さんとお母さんに報告しちゃいましたよ。
二人とも知らなかったし!多少感激を共有できましたよ。
次回お魚食べるのが、激しく待ち遠しいです。
っていう、どうでもいいお話でした。
これは魚好きみんなを幸せにする大発見だと思うんです。
言っちゃっていいのかしら・・・
あるいは常識なのかしら・・・??
発表します!
焼き魚を食べるときに
えんがわの部分がうまくたべられないの、分かります?
あれ、根本の部分から身の中央に向けてかる~く真横にひっぱるだけで、
スッ
と、いとも簡単に、しかもキレーに身や骨から抜けるんです!
もーぉ、仕事から帰ってきてお魚食べてたら、これ発見しちゃって!
大騒ぎです、お父さんとお母さんに報告しちゃいましたよ。
二人とも知らなかったし!多少感激を共有できましたよ。
次回お魚食べるのが、激しく待ち遠しいです。
っていう、どうでもいいお話でした。
無意識に予期する感情
人間同士が交わっていると、相手に色々な感情を持ちます。
感情というのは、何かが起こって生じる感情もあれば、常態として相手に感じている感情もあります。
例えばなんとなく好ましいとか、なんとなくそりが合わないとか、なんとなく気になるとか・・・
人によって、自分に対して周囲が抱く感情を、常にネガティブにとる人がいます。
そういった人は、役職上厳しいことを言わざるを得ず、反感を持たれ易かったりと、
様々な状況によって、そのように考えるようになっていったのだと思います。
私は人に悪意を持って接したりは、なかなか自然にはできないけど、
時々視線が冷たかったり、言葉少なだったりすることで、敵意を持っていると勘違いされることはある気がします。
いつでも周囲と上手く楽しく仲良くやろうとする、それは当たり前のことだと思っていたし、
少なくとも自分から不和を生もうとしたことは無いし、その術も知りませんでした。
しかし、一定数以上の集団の中で、好かれ、嫌われるのは簡単なことみたいですね。
そういうことに煩わされないためにも、リードしちゃうのがいいのかなって。
でもずっとリードし続けるのも大変です。正直疲れちゃいます。私は。
すると、脳が勝手に動いて、立ち回り方を教えてくれるんですね。そういう風に勝手になっちゃう。
気持ち悪いですね。
感情というのは、何かが起こって生じる感情もあれば、常態として相手に感じている感情もあります。
例えばなんとなく好ましいとか、なんとなくそりが合わないとか、なんとなく気になるとか・・・
人によって、自分に対して周囲が抱く感情を、常にネガティブにとる人がいます。
そういった人は、役職上厳しいことを言わざるを得ず、反感を持たれ易かったりと、
様々な状況によって、そのように考えるようになっていったのだと思います。
私は人に悪意を持って接したりは、なかなか自然にはできないけど、
時々視線が冷たかったり、言葉少なだったりすることで、敵意を持っていると勘違いされることはある気がします。
いつでも周囲と上手く楽しく仲良くやろうとする、それは当たり前のことだと思っていたし、
少なくとも自分から不和を生もうとしたことは無いし、その術も知りませんでした。
しかし、一定数以上の集団の中で、好かれ、嫌われるのは簡単なことみたいですね。
そういうことに煩わされないためにも、リードしちゃうのがいいのかなって。
でもずっとリードし続けるのも大変です。正直疲れちゃいます。私は。
すると、脳が勝手に動いて、立ち回り方を教えてくれるんですね。そういう風に勝手になっちゃう。
気持ち悪いですね。
私の課題
と言いますか、私の弱点。
それは計画が計画倒れになること。
計画っていうのはどこまでできあがって計画と呼べるのかっていう点もあるので、
正しくはアイディア倒れって言った方がいいかも。
アイディアは出てきて、それを実現するために必要なことを書きだし始める。
それで、いくつかは実際に揃えるんだけど、
他の多数を揃えきれないせいだったり、
別のアイディアの優先順位が高くなってしまったり、
アイディアが実現されない状況になっている。
他責NGなんです。
アイディアが実現できない原因を、自分事由、相手事由、第三者事由とかって分けるのは意味がないかなと。
それはある意味明白だし、相手事由はまだしも、第三者事由っていうのははっきり言って回避できないし。
それを、私には変えられることでは無い、よってアイディアは途中で潰れて仕方ないって持っていくのは無意味。
欠けているもので分類するのはどうでしょう。
物理的欠損
アイディアをするための時間、
アイディアをするためのお金、
アイディアをするためのスペース、
アイディアをするための人員、
感情的欠損
アイディアをするための同意形成、
アイディアをするための動機づけ、
うーん・・・他になんだろう。
計画性が無いっていうのは、これらのどれかが揃えられていない、ということでもあり、同時に
これらをもってして、まだ継続性なんかが欠けていて、実現に至らないということなんだろうし。
根本的、というか一番大きいところはどこ?
適切な現状把握も大事ですよね。アイディアが理想だとすれば、その理想と現実のギャップを埋めるのが、
計画性なんだろうから。
ということは、逆に理想の設定で無理をしてる可能性もある。それは適切な現状把握から判断すべきこと。
力相応ってことなんだろうな。
でも。この気持ちはなんだろ~♪
理想を大きくしちゃって、無茶してでもそれを実現したい、と思って、それがアイディア倒れなることが多い。
でもその中で成功して実現している例もあると思うし・・・
だからこそ、みすみす理想を下げるってことは考えられない。
そう、考えられない!
そんな思考回路が無い!
やりたいことはやりたい!
・・・じゃあなんでやりたいの?って自問すればいいのか。
そこにどれだけの大義があるのか。誰のための大義なのか。何を傷つけたり失ってまで得たいものなのか。
それは計画が計画倒れになること。
計画っていうのはどこまでできあがって計画と呼べるのかっていう点もあるので、
正しくはアイディア倒れって言った方がいいかも。
アイディアは出てきて、それを実現するために必要なことを書きだし始める。
それで、いくつかは実際に揃えるんだけど、
他の多数を揃えきれないせいだったり、
別のアイディアの優先順位が高くなってしまったり、
アイディアが実現されない状況になっている。
他責NGなんです。
アイディアが実現できない原因を、自分事由、相手事由、第三者事由とかって分けるのは意味がないかなと。
それはある意味明白だし、相手事由はまだしも、第三者事由っていうのははっきり言って回避できないし。
それを、私には変えられることでは無い、よってアイディアは途中で潰れて仕方ないって持っていくのは無意味。
欠けているもので分類するのはどうでしょう。
物理的欠損
アイディアをするための時間、
アイディアをするためのお金、
アイディアをするためのスペース、
アイディアをするための人員、
感情的欠損
アイディアをするための同意形成、
アイディアをするための動機づけ、
うーん・・・他になんだろう。
計画性が無いっていうのは、これらのどれかが揃えられていない、ということでもあり、同時に
これらをもってして、まだ継続性なんかが欠けていて、実現に至らないということなんだろうし。
根本的、というか一番大きいところはどこ?
適切な現状把握も大事ですよね。アイディアが理想だとすれば、その理想と現実のギャップを埋めるのが、
計画性なんだろうから。
ということは、逆に理想の設定で無理をしてる可能性もある。それは適切な現状把握から判断すべきこと。
力相応ってことなんだろうな。
でも。この気持ちはなんだろ~♪
理想を大きくしちゃって、無茶してでもそれを実現したい、と思って、それがアイディア倒れなることが多い。
でもその中で成功して実現している例もあると思うし・・・
だからこそ、みすみす理想を下げるってことは考えられない。
そう、考えられない!
そんな思考回路が無い!
やりたいことはやりたい!
・・・じゃあなんでやりたいの?って自問すればいいのか。
そこにどれだけの大義があるのか。誰のための大義なのか。何を傷つけたり失ってまで得たいものなのか。
京都の思い出
書くことが思い浮かばないので、とりあえず私の京都の話。
私にとって京都は、第二の故郷、というとオーバーですが、
多感な時期を3年弱過ごした場所であります。
当時はモーニング娘。とかが出始めで、卒業式の謝恩会の余興とかで
踊ってた記憶があります。笑
多感そうでしょ?イジメとかイジメとかイジメとか・・・そういう時代ですね。笑
京都市のほぼ中心、賀茂川からもほど近い位置に住んでいたことや、
両親が神社仏閣や食べ歩きが好きだったので、いつも週末は観光を
していました。
これって、根っから京都の人はやらんのですよね。
意外と有名な社寺について知らなかったりする。
一番たくさんの思い出があるのは、やっぱり学校なのかな。
多感な時期でしたからね・・・。
色んな人に出会ったし、京都の子たちってちょっと違う常識を持ってたりして
一癖も二癖もあったし、スポーツとかイベント的にも面白い体験をさせてもらったし。
短い期間に色んなことが詰まってたからでしょうか。
当時のことはたくさん思い出せるんです。
一瞬一瞬の気持ちとかまで。
自分で判断して、自分で決断することが多かったからかもしれないですね。
自分が個人として何かを負う覚悟ができるようになった時期。
確かに、転勤生活の最期が京都。集大成みたいな感じなのかな。
新しい集団に一人ポンッと入る時には、必ずその人に対して役割が発生するんです。
自然的に発生している、既に発生しているものがその人が現れるのを待っていた、
と言っても過言ではない。
何かが、処理されずに置いてきぼりになっていて、新しい一人はそこで自分の役割を
認識しなきゃいけない。
この間書いた、約束の話に似ているかもしれない。ストーリーの中の約束。
中学卒業の時に書いた作文に「role」という題名をつけたのは、
なかなか人生を言い得ているんじゃないかと思っています。
私にとって京都は、第二の故郷、というとオーバーですが、
多感な時期を3年弱過ごした場所であります。
当時はモーニング娘。とかが出始めで、卒業式の謝恩会の余興とかで
踊ってた記憶があります。笑
多感そうでしょ?イジメとかイジメとかイジメとか・・・そういう時代ですね。笑
京都市のほぼ中心、賀茂川からもほど近い位置に住んでいたことや、
両親が神社仏閣や食べ歩きが好きだったので、いつも週末は観光を
していました。
これって、根っから京都の人はやらんのですよね。
意外と有名な社寺について知らなかったりする。
一番たくさんの思い出があるのは、やっぱり学校なのかな。
多感な時期でしたからね・・・。
色んな人に出会ったし、京都の子たちってちょっと違う常識を持ってたりして
一癖も二癖もあったし、スポーツとかイベント的にも面白い体験をさせてもらったし。
短い期間に色んなことが詰まってたからでしょうか。
当時のことはたくさん思い出せるんです。
一瞬一瞬の気持ちとかまで。
自分で判断して、自分で決断することが多かったからかもしれないですね。
自分が個人として何かを負う覚悟ができるようになった時期。
確かに、転勤生活の最期が京都。集大成みたいな感じなのかな。
新しい集団に一人ポンッと入る時には、必ずその人に対して役割が発生するんです。
自然的に発生している、既に発生しているものがその人が現れるのを待っていた、
と言っても過言ではない。
何かが、処理されずに置いてきぼりになっていて、新しい一人はそこで自分の役割を
認識しなきゃいけない。
この間書いた、約束の話に似ているかもしれない。ストーリーの中の約束。
中学卒業の時に書いた作文に「role」という題名をつけたのは、
なかなか人生を言い得ているんじゃないかと思っています。