(今回の記事も二つのブログ共通です。)

 わたしはこれまで、
「自然な自分にとっての、真実の喜びの方向に向かいましょう」
というお話をしてきました。
 その際、「仮そめの快」という言葉を使っていました。

 この言葉は、悪いものという意味ではありません。
 わたし自身も、その場の空気を楽しんだり、気分転換をしたりするために、そうした時間を過ごすことがあります。

 ですが最近、この言葉を見直そうと思うようになりました。
 理由は、「快」そのものが良い・悪いというよりも、
前回お話したように、
「どのようなBB(ブラックボックス)の状態から、その快が生まれているのか」
というほうが、わたしの考えに近いと感じるようになったからです。

  そこで今後は試験的に、
「一致型の快」
「防御型の快」
という表現を使ってみようと思います。

 ここでいう「一致型」とは、自己一致した状態。
 「防御型」とは、自分にとって何かを守ろうとしている状態です。

 つまり、快そのものを分類したいのではありません。
求める快の質は、そのときのBBの状態を反映している。
 わたしは現在、そのように考えています。

 この表現にすることで、わたしが提唱している理論全体で用いている言葉が「一致型」「防御型」で統一され、
今後の説明も、よりわかりやすくなるのではないかと思っています。

 それでは、また・・・。

 (HAL314のブログは「古今東西」「重ための話」双方ともに…不定期更新)