◆ わかるのは自分のこと


 これまで、私達は自分のBB(ブラックボックス)を通して世界を見ているということをお伝えしてきました。


 世界も、他者も、すべて、各人のBBを通して見て、聞いて、経験しています。


 BBは、「信念、定義、感情、記憶、予測、心身の状態」などで形成されています。ご自分のBBを考えてみても、複雑で、かつその時々に変化していることがおわかりいただけるかもしれません。


 私達は自分のことですら、すべてを把握しているとは、なかなか言えないものなのではないかと思います。


 ましてや他者のことについて、本当に「あの人はこうだ」と言い切れるものでしょうか。

 それはあくまで自分自身のBBを通した解釈であり、まさにOUTPUT(反応、思考、行動など)の一つなのです。

 つまり、「あの人はこういう人」と思う時、それは絶対的で不動の真実ではなく、「自分自身を通したその人」ということになるのです。


 「わかるのは自分のBB」なのです。


 「自分はどうして、この人にこういった反応をしたのだろう?」と、他者への自分の反応を観察することで、自分のBBを知ることもできるでしょう。


 
◆ だから『マイ・ワールド』を目指しましょう


 ですので、他者のことをあれこれと考えたりせず、自分のことを知っていきましょう、とおすすめしています。
 

 釈尊はこのように言ったとされています。


 他人の過失を見るなかれ。
 他人のしたこととしなかったことを見るな。
 ただ自分のしたこととしなかったこととだけを見よ。

(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳・岩波書店)


 世界には様々な生き方があると思います。生き方に「正解」はないとも思います。私もあとから釈尊の言葉に出会いました。しかし釈尊の言われるこの態度が、ある意味、人類の最高地点へ到達した人間の「正解」なのではないかと、自分の人生に起きた様々な事柄を(かえり)みても、思うのです。


 何があなたの幸せですか?
 何をして喜びますか?
 わからないまま一生が終わる人もいるかもしれません。


 人によることではありますが、『マイ・ワールド』へのヒントのうちの一つは、「他者の要素をできるだけ排除すること」かもしれません。


 そして大原則は「自分のことも、他者のことも、誰のことも傷つけない。犠牲にしないこと。」です。そのためには十分な対話が必要なケースもあるでしょう。


 さらに、『マイ・ワールド』とは状態のことでもあります。


 私の場合、比較競争意識などの他者由来のものを排除した状態で、やりたいことや必要なことに集中できている状態を、可能な限り維持することが大切です。


 それは内省でもあり、サレンダー状態でもあるのです。


 最初からできていた訳ではありませんでした。ここまで来るのには時間がかかりました。
 私がご提案している『自分らしい幸福のための全貌図』に沿って、心と向き合い、現実と向き合い、一つひとつ、自分について知り、『マイ・ワールド』を作ってきました。


 昔の私は、自分自身について極端に否定的でした。それ以外にはどのように考えたらいいのかわからず、自分が信頼できなくなっていました。そしてそれは世界への混乱した見方や、他者不信へとつながっていきました。


 しかし私は自分の感覚を取り戻し、自己決定ができるようになりました。人生の選択と責任を自分に取り戻したことの軽やかさは、かけがえのないものです。


 私には、世界がずいぶん変わったように感じられます。多次元平行世界といった概念を用いずに言えば、それは世界が変わったのではありません。私のBBが変わったのです。つまり私の視点が変化したのです。(その結果として、より自分に合った平行世界へシフトした、と言うこともできますが、ここではそういった解説は除きます。)


 『マイ・ワールド』はゴールではありません。人によっては二つ目の人生の始まりといえるかもしれません。もちろんそれは「一つ目の人生がダメだった」といったことではありません。


 しかし『マイ・ワールド』を生きるようになると、たとえば私の場合のように、世界が、人々が、色々なものが変わったように感じられ、現実は可能性に満ちており、自分は今日、そしてたった今、そのうちの一つを選択するのだな、といったことがわかるようになるかもしれません。

 



 私は今後も、自分の人生を通してわかったことなどをお伝えしていこうと思っています。もちろん発信は、自分自身の『マイ・ワールド』から行っているのです。

 
 それでは、また・・・。
 


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