前回(こちら)のブログの中で、
「特定のものに対する反応」について、以下のように書きました。
「何かを見たり聞いたりした時に感じることや反応は、本当に人それぞれです。
そして人それぞれである中で共通していることは、
あくまで自分にとって“快”に感じること、つまり嬉しくなったり楽しくなったりすることを大切にしましょう、ということです」
といったようなことを、前回お話いたしました。
今回はその補足および発展的な内容となります。
他者が自分の“快”とは異なることを発言している時、例えば前回の話の例ですと「自分を愛しましょう」ですが、それを言われてもピンと来なかった、という場合に、
のちに「あっ!自分にとっては、
“ムリに自分を愛さなきゃって思わなくてもいいんじゃない?‘’
っていう言葉のほうがピンと来るし、ホッとするかも!」
とわかったというような例を取り上げましたが、
こういう時に、「自分を愛しましょう」と発言した他者をうっすらと恨んだり、批判したり、文句を言いたくなる人がおられます。
これは例えば「受動意識」「被害者意識」のような、何らかのネガティブな信念(ここでは考え方のくせ)が頭の中にあって、そこを自分の中を流れているエネルギーが通るために起った反射反応です。
しかし「現時点での自分にとっての正解」にたどり着くためには、最初に「自分を愛しましょう」と言われたことがきっかけになっており、その時の自分にとっては必要な過程だったのです。
ですのでその人の「自分を愛しましょう」という発言は、自分にとっては有難い発言だったのであり、その人を恨んだり否定したりする必要はまったくありません。
いったい何の信念を持っているのかは人それぞれであって一概には言えないのですが、
もしもここで先に述べたような「受動意識」「被害者意識」というネガティブな信念があるとしたならば、無意識に「その人に苦しめられた」という過去のすり替えを行っているのです。なぜこのようなことをするのかというと、「受動意識」「被害者意識」を持っている人は、苦しみといったストレスを感じた時に、「原因を突き止める」「犯人さがしをする」という復讐をしたくなるものだからです。
しかしストレスを感じている時に原因を突き止めようとしても視野狭窄に陥る可能性が高いのです。ですから前回も「今の段階でいくら考えてもわかりそうにないことは一旦保留にしてみましょう」とお伝えしています。こういった時にわかることは、「苦しみを感じている自分の範囲内で思いつくこと」に限られているのです。
相手の人はあなたを苦しめてやろうと思って「自分を愛しましょう」と言った訳ではありません。こちらが勝手に「間違ったことを言われた」という「〇〇された」という被害者意識が発動しただけです。こちらが「ニュートラルな起きた出来事に対して、ネガティブな意味付けをネガティブな信念にもとづいて無意識かつ自動的に行った」ということです。
このように解説されると、人の心理とはわかりやすいものだとご理解いただけることと思います。
しかしこれが当事者である場合、わたし達は
「なんだよ!間違ったこと言わないでよ!」といったようなネガティブな感情と、それを正当化するネガティブな思考に飲み込まれていますので、すっかり「自分の意見は正しい」と思い込んでいるのです。これが「ネガティブな信念は自ら見つける意識を持たないと一生持ったまま生きることになる」という理由です。ですので自分と向き合って書き換えていくという「作業」をお薦めしております。
もちろん人間ですので、ファースト・リアクションとしては「なんだよ!自分には合っていなかった!」と思ったっていいのです。
しかしそのあと、「作業」をするか、しないかが岐路となるのです。
作業とは、以前もどこかでお伝えしておりますが、大切なことですのでここでも申しますと、まず「あ、自分、いまネガティブ感情を持ったぞ?」と気が付くことです。
そして次に、「どうして腹が立ったのかな?」と自分の意識を内側に向けて、理由をじっくり考えてみるのです。
(自分の意識を内側に向けるって何かな?と思われたかたは→こちらをご参照ください)
そのあとに、例えば
「まぁ、自分にとっては違うってわかったし。
自分にとっての正解は人それぞれだし。
ピンとくる答えが見つかったから、まあ、いっか ♪」といったように考えて、
「なんだよ!というネガティブな心理状態」から「ニュートラルな状態」、そして「まあ、いっか ♪というポジティブな状態」、つまり自分にとっての喜びに変えていくのです。これが他者を否定・批判したことによる「分離」の状態から、自分の中のエネルギーを「統合」したということです。「ありがとう ♪」まで持っていけたら完璧、100点満点です。
こういった作業を丁寧に行っていき、一定期間が経つと、このような作業を介さなくても思考がワープして「出来事」という INPUTに対して即(そく)「わくわく」や「ツイてる!」や「ありがとう」等といったOUTPUTになっていきます。
これをわたしは便宜上『ポジティブ・ブラックボックス化』と呼んでいます。これも便利な名称なので、いつかどこかでご説明できたらと思います。
今回のご説明でもおわかりになるかと思いますが、人格改造もシンプルなのです。人格改造というか、わたし達の本来の自然な姿に戻っていくということです。あなたという個性はそのままに、陽気で軽やかで機嫌のいい人になれるということなのです。
ではまた・・・。