ある特定の言葉を聞いた時に、苦しさを感じることがあります。こういったことに対する反応も人それぞれです。
今回取り上げた「自分を愛しましょう」という文についてなのですが、これを聞いた時の反応も、皆さまそれぞれだとと思います。
かつてのわたしの場合であれば、今の自分にとって必要な情報であると感じ、
「何それ?!一体どうやるの?!」と、思ったと思います。
また、明らかに
「何が愛だ!気持ち悪い!バカバカしい!」といった強い拒絶反応を示すかたもおられると思います。こういった人は、そこがまさに「ネガティブな信念」の埋まっている所ですので、当ブログでお伝えしているような方法などで、向き合って頂けたらと思います。こういう強い拒絶反応を示すような信念がひとつなくなるだけで、人生は確実に軽くなっていきます。
一方、こういった人々ほどには強い反感はないが、しかし何か苦しい・・・モヤる・・・といったかたもおられると思います。そういったかたも、何かひっかかりがある所ですので、同様に向き合ってみることもいいかもしれません。
先に挙げたかたのように、強い反応を示すような人々のほうが、ネガティブな信念の様子がわかりやすいのですが、「それほどでもないのだけれど・・・」といったモヤモヤを感じるかたの場合、考えても自分一人ではちょっとわからない、ということがあるかもしれません。
そういったかたはいったん保留にして、意識のフォーカスを「わからないこと」からはずしてみることがお薦めのうちの一つです。
先にご紹介した「反応が強い人」の場合は、いったんそこを掘り下げれば、根本的な何かが出てくるとわかっていますので、真の幸福への目途がついているため、突っ込んで行っても大丈夫なのです。むしろこれこそが「真の自愛」への道だったりします。
しかし、「わからない」ということに対していくら考えても今の時点ではわかりそうにないなと思ったら、それについて考えることをいったんやめてみましょう。
いくら考えても現時点ではわかりそうにないと思うようなことを考え続けても、「わからない。モヤる・・・」というはっきりしない出来事が引き寄せられるからです。
「これは自分にとって楽しいことだとハッキリと実感がある」という対象にフォーカスしましょう。すると「自分にとっては楽しいことだとハッキリとわかる」ということが増えていきます。これも『注目したものが増えるの法則』(こちら)です。
そういった中で、ある日突然に、
「あ、自分にとっては“自分を愛しましょう”という言葉よりも、
“ムリに自分を愛さなきゃって思わなくていいんじゃない?”っていう言葉のほうがピンと来るし、ホッとするかも!」というようなことがわかったりします。
これは「問題解決しなくても、先に気分を上げることで答えがやってくる」というパターンです。
このように、特定のものに対する反応とは、本当に人それぞれです。それが「個性」というものなのです。
そして人それぞれである中で共通していることは、「あくまで自分にとって“快”に感じること、つまり嬉しくなったり楽しくなったりすることを大切にしましょう」ということです。
そして、そうやって今の自分にとっての“快”がわかれば十分で、他者の喜びや楽しみを否定することは一切しなくていいのです。他者に気が散ったから否定したくなるのです。ご自分の“快”にフォーカスを当てて生きていきましょう。それがわたし達各人がそれぞれに目指す『マイ・ワールド』の土台となるのです。
ではまた・・・。