いつか…ユデタマゴ -18ページ目


さて、オルセー展の続きでーす
次章は副題どおりの展示となっておりますよー



◆第5章ー印象派の風景   (田園にて  水辺にて)


広めのエリアにずらっと印象派絵画が並べられています
右方の壁が水辺シリーズで、ブーダンからモネ、シスレー、ルノアール、セザンヌが並べられています
説明では、モネと彼を戸外に連れ出したブーダンをフィーチャーしてましたが、ここはやっぱり・・・



「洪水のなかの小舟、ポール=マルリー」1876年    アルフレッド・シスレー


1876年にセーヌ川の中流が氾濫しポール=マルリーという町が浸水しました
当時その町に住んでいたシスレーは、洪水の後の様子を何枚も描き記録画のように見られてもいるとか

6点有るポール=マルリーの洪水シリーズのうち、2点がオルセー所蔵です
代表作というと今回も来日していない「ポール=マルリーの洪水」(オルセー美術館蔵)でしょうが、私は小舟の方が好きです

洪水から少し時が過ぎてひきはじめた水面の繊細な描写や明るさを取り戻した空の清涼感は、洪水後の様子ということを忘れて見入ってしまいます

災害を描いているというのに重々しい描写は皆無で、ただ空と水面の美しさを表現しようとしているようです




一方左側は田園シリーズということですが、こちらはセザンヌとピサロをピックアップしている形…
二人は画架を並べて制作に励んだそうですが、良く一緒に写生もしていたのでしょう
人嫌いなセザンヌの善き理解者であり、また逆に影響も随分受けていたそうです



「赤い屋根  村のはずれの冬の印象」1877年  カミーユ・ピサロ


この作品観たかったのです~
多分観たこと有るんだけど、(いつかは判らぬ) こちらが変化しても(悲し…)変わらぬ暖かみと優しい心持ちになれるところ、ホントに好きです

淡い色彩を重ねたタッチはモネから、起伏に富む地形と畑、家々が形づくるリズムはセザンヌからの影響らしい…フムフム

当時住んでいた近くの丘を描いてますが、辺りの田園風景を中心画題としていた時期で他にも展示作品が有りました

でもやっぱりコレ↑
何度も行きつ戻りつして堪能してきました 好
 


◆6章ー静物


ここでは5点展示でした
「花瓶のキク」(アンリ・ファンタン=ラトゥール) に見とれ、
「スープ入れのある静物」(ポール=セザンヌ) にどっしり感を感じてました…セザンヌは好きじゃ無いですけどねー




 ~ * ~ * ~


章だては  あと3つですが、それは後程・・・










 
今年も始まりました!

第96回 全国高校野球選手権大会


開会式を観るのが好きですが、今日は第一試合と第三試合も楽しみでした



まずは、埼玉代表の春日部共栄 対 選抜優勝高の龍谷大平安高

二日間、開会式ごとまるっと順延されていたのが、平安の2年生ピッチャーに影響が有ったのか無かったのか…

とにかく斉藤選手の母校が2回戦進出ですね~~キラキラ



で…
ワタクシも一応都民ですので…ホントヨ
日大鶴ヶ丘は勝ち上がって欲しいのですよね
特にコレ読んじゃったりしたんでねー


しかし、残念!
富山商に負けてしまいました…




「甲子園への道」も観てない、新聞の特集もチェックしてないという、予備知識殆どゼロで、
イケメンじゃん!ちょっとライオンズゥ~とか、やっぱり守備だなーとか、
無責任だけどそれなりに熱く楽しむ日々…ウヒヒヒヒ音符2







台風が近づいてます、ここ関東も…
明日幕張に行く方、お気を付けてー
春日パワーはグランドへ発揮して頂きたく!


で、オルセー展の続きキラキラ



◆3章ー歴史画


聖書や神話を主題として描かれてきた歴史画は最も高貴な絵画とされてきました
しかし、交通の発達により知り得た遠い異国の習俗から着想した歴史画も描がれるようになるなど、アカデミスム絵画の世界も新しい芸術動向に確実に影響されていきました
この章はそんな変遷をピックアップして展示してありました



◆4章ー裸体


極正統派であり、ナポレオン3世により国家買い付けという名誉を賜った、アレクサンドル・カバネルの「ヴィーナスの誕生」(1863年) の美しさよりも、

貧しさゆえに裸婦を描き、後々までそれを後悔し続けたミレーの「横たわる裸婦」(1844―45年) が観られた嬉しさよりも、

理想像ではない、ありふれた現実の女性を描き、マネよりも先立って嘲笑を浴びたクールベの「裸婦と犬」のリアリティーよりも、

暫く眼が泳ぎつつ凝視した(?) コチラ・・・


「イアソン」1865年  ギュスターヴ・モロー

怪物をやっつけてドヤ顔のイアソンと背後のメディアの姿態の艶かしさ、そして緻密に描かれた装飾性溢れる背景・鳥達にも目を奪われるんですが…

何よりも、メディアのイアソンに対する偏愛性が漂ってきますよ…

近くにいた物語を知らない風な二人連れが、「後ろの女の人が、よくやったわね、みたいな感じじゃない?」と話していたので、
そーなんです!その通りなんです、これは!…と、心でピンポンしておきました
過去から現在の異常性から未来の悲劇に至るまで、この一枚に凝縮させられる素晴らしい表現力だと感動しました



 ~ * ~ * ~ * ~

この次が重要な章ですが、連敗ストップって嬉しいものですねーウフheart


・・・飲みすぎちゃったのよ、ララランラン♪

また明日!
多分!!






残暑お見舞申し上げます~
立秋とは名ばかりの暑さで汗

そんな中ですがオデカケしましたよーメズラシ…

急に予定が空いたので、トーハク平成館か六本木新美が悩んで(1、2分ね) 、駅から歩く距離が短い方に決定~




オルセー美術館展
       印象派の誕生ー描くことの自由ー】


オルセー展は以前にも行きました!
ん?行ったよな?多分きっと…
えー、図録も買ってないようなので(家に無い)
振り返ることはしないぜー(覚えてない)



パリのセーヌ川沿いに荘厳な姿を見せるオルセー美術館の収蔵作品は、19世紀後半から20世紀初頭です
この時期はいわゆる印象派が誕生した頃でもあり、オルセーには傑作大作等々がホントに沢山有って、印象派の殿堂と言われています


今回の展覧会は、「マネに始まり、マネに終わる」として、1860年代末から1880
年代初頭にかけての時代を中心に構成されています

また、ジャンルとして、同時代のアカデミスム側の優れた作品も出品され、印象派の独創性を再確認することにもなるとのこと…(by館長)




◆1章ーマネ、新しい絵画


「笛を吹く少年」1866年   エドゥアール・マネ

世界一有名な少年…というコピーで、パンフレットになっている作品です
色面を平置きしたような描きかたは日本の浮世絵の影響とされています

曖昧な背景に陰影の無いくっきりとした色が印象深いですが、サロン(官展)には不評で、こちらも落選作品です


マネで始まるというこの章は、マネの作品が5点展示されていましたが、もう1点、フレデリック・バジールの作品が出てました



「バジールのアトリエ、ラ・コンダミンヌ通り」1870年  フレデリック・バジール

これは自分のアトリエに画家仲間が集まった様子を描いたものですが、裕福だったバジールは彼らとの交流を持つと共に支援してもいたそうです
ステッキを持つのがマネ、その背後がモネ、階段下に座るのがルノアールで、昇っているのが詩人のゾラです

真ん中の背の高い男性がバジール本人ですが、これはこの年、27歳の若さでバジールが戦死した後にマネが書き加えているとのこと…
後年考えると、印象派の一翼を担う事になったであろう若者が仲間を描きとめた、胸に迫る作品だと思います




◆2章ーレアリスムの諸相


社会情勢に呼応するかのように芸術に於いても現実を直視するレアリスムの動きが現れた時代、
「見たものしか描かない」クールベは、批判精神に根差した辛辣な写実性を高め、
一方ミレーは、農村の厳しい生活の中で貧しい農民達を力強く美しく描き出しました
諸相と有るように、どこを切り取るか…表現を改めて感じた章でした





「晩鐘」1857―1859年  ジャン=フランソワ・ミレー

やはりミレーは胸打たれます・・・
細部を舐めるように鑑賞する前にまず、絵の持つ精神性を感じるからか
ミレーは、どんなことをしていても、夕刻の決まった時間には祈りを捧げるよう母親に言われていたそうです





「床に鉋をかける人々」1875年  ギュスターヴ・カイユボット

この作品、楽しみにしていました
昨年秋にカイユボット展に行きましたが、この作品が来日していなかった事が残念だったからです

でもでもアレ?
サロンに出せず第2回の印象派展に出品して彼の代表作となったんですが、私の期待が大きかったのか・・・



~  * ~ * ~ * ~

章立ては全部で9章ですが、続きはまた今度~~
書くこと無いので引っ張るという・・・・

それにしても混んでました!
木曜日だよね、ね、ね、って感じ
自分もその原因の一人ってことは置いとこう…

バテた・・・makovv







ほんっっっとに!!今更ジローなんですが・・・

やっとデュフィ展の事を書いたので、もっと遡ったりしちゃおうかなーと汗


三鷹美術ギャラリーで6/22まで開催されていた 、【マリー・ローランサン展 ~女の一生~】を滑り込みで観たオハナシなぞ・・・

なはは……




初めて訪ねましたが、駅出て0分?なビルで美術鑑賞出来るなんて良いですねー


副題に女の一生とついている・・・
女性であるということが画家として特異だった時代 (byパンフ)、それでも自分をしっかりと持って生きてきた軌跡…みたいなものかしら?…と勝手に想像して、
よしよしアタクシも自分をしっかり持って(?) 鑑賞するぞ!と鼻息荒く5階にあがりました (嘘)



Ⅰ・最初期 1902~1906
Ⅱ・アポリネールとの出会い 1907~1913
Ⅲ・フォン・ヴェッチェン男爵との結婚 1914~1920
Ⅳ・成熟~晩年 1921~1956

章立てを見ると時代を追って構成されているので、副題どおりというところ



マリー・ローランサンは、デッサンが上手い!とか、感動した!などとは思わないのですが、ほんわかと優しい気持ちになれるので好きです



明るく優美な色彩は日本でも人気が高いそうですが、初期の作品は趣が違いました

アカデミックな作風が、ピカソやブラックとの交流によりキュピズムの影響を受けて変わっていったり、
詩人のアポリネールとの恋愛と別れや、ドイツ人男爵と結婚したために戦争が始まると亡命生活を余儀なくされたりしたことなどなど…

余談ですが、アンリ・ルソーは1909年に、『詩人に霊感を授けるミューズ』と題したマリーとアポリネールの肖像画を描いてます↓


「自画像」 1904年




「青と黒の帽子をかぶった少女」 1913―14年頃

ウエストのリボンのくすんだような冴えているような青色が印象的…



華やかな女性画しか知らなかったのですが、それらは離婚して(1920年) パリに戻ってからの作品だったんですね



「肘掛椅子に座る若い女」(1920年頃)
グリーンの市松のストールとピンクのワンピースの女の人が水色の椅子に腰かけているんですが、
配色と、その色そのものに見とれてしまいます
なんともおしゃれで…


「ギターを持つ女道化師」 (1920―22年)
この作品が一番長く観てました
この頃のローランサンの色みでは、スモーキーなピンクと冴えたグリーンが印象的な作品が多かったです





「三人の乙女」 1938年

大人になる過程で会得する憂いのある表情を幻想的な風情の中に表れていると思います





「音楽」1944年頃

今回のパンフレットの作品です
赤や黄色は男性っぽい色合いだともっと前の作品には使われていませんでした




離婚後、ローランサンは同性愛に目覚めたと言われています
女性画の匂い立つような世界は、ローランサンの女性に対する愛情が作品に溢れているからなのかも知れません

そして、鑑賞する私達女性にとっては、ローランサンの優しさに包まれるような心持ちを感じて心地よいのです・・・




キラキラおまけ



これも前~~ですけど、ローランサンのイメージがありありで施し(て貰っ)た爪…
優しいのう…キラキラ