お盆真っ最中ですが、ごくごくフツーに生きております
じゃ、早く絵の感想なんか終わらせろよ…というのは心の声ね
今朝の奈良県明日香村都塚古墳のニュースも気になるところですが、続き続き …
◆7章ー肖像
「
19世紀後半、肖像画のモデルは王侯貴族からブルジョワ階級へ移行していきました。写真というライバルが登場しても芸術作品としての人気が衰えることも有りませんでした。モデルに忠実に時に優雅さを加えたアカデミスムの作風は、肖像画によって自らの権威を高めたいと望む注文主に好まれた一方で、印象派の人達は家族や親しい人々を描いていました。」
(会場説明板より)この章は見応え有りました~大作も多かったですし、写実的なものはそれはそれはリアルで見飽きなかったです背景は大抵が単色で装飾などは排して人物そのものに焦点が当たっています一方印象派の画家達は背景も丹念に描き、人物も合わせての風景と捉えている気もしました「アルトマン夫人の肖像」1874年 オーギュスト・ルノアール
晩年まで人物を描くことにこだわっていたというルノアールの作品は、どれもふわりとした幸せな雰囲気を感じます
沢山書き込んでいるのに人物そのものを観ていると改めて自覚できる作品達でした
◆8章ー近代生活
目玉は、日本初公開!というモネの「草上の昼食」なのでしょう
縦4M・横6Mあまりの大作だったのですが、家賃代わりに大家に渡し後年取り戻した時には絵は痛み、分断を余儀なくされたという作品です
戸外で仕上げることに拘ったモネらしく、光が溢れ輝きを放っていました
でも好きな人はコチラ~
「バレエの舞台稽古」1874年 エドガー・ドガ
徹底した素描の修練を積んで、卓越したデッサン力を持つドガは、サロンでも成功出来た筈ですが印象派を選びました
富豪の家に生まれ不自由のない画業生活だと思うのですが、違う自由さを印象派に感じたのかもしれません
ただ光に対する考えは大きく異なり、戸外の陽光を求めませんでした
この作品は繊細な陰影や照明の光の効果が、踊り子のしなやかな動きや表情に表れた感情を強調していると思います
ドガといえばバレリーナと競馬のイメージですが、それは、特権階級であったため通常は入れない劇場の楽屋などへも自由に出入りが出来たことや、競馬がブルジョワの社交場でもあったためだそうです
◆9章ー円熟期のマネ
マネで始まりマネで終わる・・・
絵を買ってくれた人に贈った「アスパラガス」という小品や日本趣味な「婦人と団扇」など、マネの作品が6点です
「ロシュフォールの逃亡」1881年頃 エドゥアール・マネ
実際の事件 (ナポレオン3世への政治批判によりニューカレドニアに追放されたロシュフォールが小舟で脱出した) を題材に描いた、マネ最晩年の作です
荒れる波間を掻き分け小舟が沖の船に向かって行きます
画面の殆どを占めている海は、月の光に照らされて明るく希望を感じるようでもあり、荒れた波の筆致に不安を煽られるようでもあります
印象派展には一度も出展しなかったけど印象派の人たちとは交流を欠かさなかったマネ…
荒々しい波の美しい筆触など、この作品にも印象派の影響はよく表れています
マネは最期までこの作品を手元に置き、決して手放さなかったそうです
新しい絵画を模索し、常識にとらわれた芸術に与しなかった印象派の画家達…
病におかされ、描きたくとも叶わない想いと、
今も、そしてこれからも時代に立ち向かって行く仲間達への想いと…
この絵は会のラストを飾るに相応しい心に響くものでした
後の世に生を受けた私達は、印象派もアカデミスムも関係無く、ただ感銘を受けるままに芸術に触れられるということに喜びを感じます
会期は10/20までとまだまだ有ります
おススメです