小平母の放射能汚染対策 -3ページ目

給食請願が、小平市議会で全会一致で採択されました

長らくこちらをほったらかしですみません。
市立小中学校・保育園給食の放射能対策を求める請願が、小平市議会で全会一致で採択されました!
署名のご協力、本当にありがとうございました。有効署名はぴったり2000!でした!
詳しくはこちらでご報告していますので、どうぞお読み下さい。
http://kodaira.toypark.in/syusei.htm
会の活動の報告や、市からの情報などは、
http://kodaira.toypark.in/
で随時お知らせしていますので、そちらをご覧頂けますようお願い致します。

このブログには、請願に関わった個人として、気持ちの部分を書いていきたいなーと思います。


私は、請願者でも、「小平市の子どもを放射能から守る会」の代表でもありません。
代表はとっても明るい、みんなを引っ張ってくれる頼もしいお母さんです。肌がキレイです。

私はひきこもりで、できることならパジャマで一日パソコンの前に座っていたい、
目立つのが大っ嫌いな地味な人です。今もパジャマです。
電話が超がつくほど苦手で、最初に給食のことで学校に電話した時は、
2時間電話機持ってウロウロしたくらい小心者です。
さきほども学校に電話をかけましたが、かけるまでにやっぱり15分くらいかかりました。
慣れないなぁ~。

請願を出すに至った事情は、6月までさかのぼります。

その頃、小平市の校庭・園庭の計測と線量計の貸し出しを求める請願を出してくれたOさんというお母さんと知り合いました。
Oさんも普通のお母さんで、後から聞きましたが、請願を出すなんて初めてのことだったそうです。
原発にさよならを/小平の会のバックアップはあったものの、Oさんは実質たった一人で請願を提出していました。

ツイッターでそれを知り、デモに参加して初めてOさんにお会いして、その請願の委員会の傍聴に行きました。
その頃はノイローゼ気味だった私、周囲は全く放射能を気にしていないように見えて、
テレビは連日「風評被害」報道、世の中に疑心暗鬼になっていました。
汚染の疑いのある物を買わない私が悪者のように思えて、人に言えなくて、孤独の最高潮で、
誰か同じことを考えている人と話がしたくて、ひきこもりですが頑張ってデモと初めての傍聴に行ったのです。

小平市では、陳情は審議されません。請願は、審議されますが、自分で説明することはできません。
市議に紹介議員を引き受けて頂き、委員会では代わって説明をしてもらいます。
請願人は傍聴し、採決するかどうかの意志確認があるのみです。

6月の委員会では、残念ながらOさんの請願は継続審議(次の委員会でもう一度審議すること)になってしまいました。

継続にするか、不採択になるかもしれないけど、採決してしまうか、
判断を求められて、たった一人で困っているOさんを見て、
今までどこかで、「誰かなんとかしてくれないかな」と思ってたのが、すごく恥ずかしくなりました。

その頃、私は子どもにどうしても汚染が数値で出ている近海の魚を食べさせられなくて、
給食の産地を学校に問い合わせ、心配な日だけ、子どもに代替品を持たせていました。

でも、周囲の子は多分何も知らずに食べていました。
小さな頃から知っている、お母さんとも親しい子が何人も居たのに、
お母さん同士で放射能の話題がタブーになりつつあり、
(気にしても自分ではどうしようもない、基準以下なら安全、生産者の気持ちを考えると、作ってくれる人に、申し訳ない…、色んな考え方があり、今でも言いづらい雰囲気です)
言えなくて、すごくすごく申し訳なく、罪悪感がありました。

どうにかしたかったら、自分で動かないといけないんだなとOさんを見て思って、
その傍聴に来ていた見も知らないお母さんたちと、
給食のこと聞きに、学務課へみんなで行こうよ!という話になりました。

その時、市役所に電話をかけて、40分かけて会う交渉をしてくれたのが、今の会代表のMさんです。
私はやっぱりチキンで、資料は作るけど、喋るのはムリ…と尻つぼんでました。

学務課へ行くのは7月14日に決まり、
資料はいままで引きこもってネチネチ集めた物が沢山あったので、すぐ出来上がりました。
メーリングリストを作って、一緒に学務課へ行きたい人を募集したのもこの頃です。

学務課へ行くのって、低学年の子どもがいる小心者の私には、
私が失礼なことをして、もし子どもに何か…これから何年もお世話になるし…ということを考えて、
すごくすごく勇気がいったのです。
(今は、学務課の皆さんの親切さを知って、なんて失礼な勘違いをしてたんだろうと思ってます)
同じように、言いたいけど言えない人がいるかもしれないと呼びかけたのでした。

すぐに30人近い保護者が集まって、
さらにまだ時間があるので、Oさんの請願が継続になったこともあり、窮状を知ってもらうため、請願を審議する生活文教委員さんを中心に、市議さんにお会いして相談してみよう、という話になりました。

正直に書くと、その頃の私にとって、市議さんは雲の上の人。
会ってお話するなんて大それたこと、私には出来るわけがない・・・と思っておりました。

出かける時間になったので、続きはまた今度。