サン・セバスチャンへ、ようこそ
(2020)
ウディ・アレン監督の2020年作品が、ようやく日本公開された。
ウディ・ファンの私からしたら、本当に待ち焦がれていた作品。
ミア・ファローとの件でお蔵入りになることを危惧していたが、公開されてよかった。
まず、結論から。
本作は、近年錆びついた感のあった彼の皮肉とユーモアが戻ってきて最高でした。
彼の映画愛、それもクラシック、ヨーロッパ作品への賛辞、加えて、日本映画の影武者まで溢れんばかり。
小説家で、かつて映画講師だった主人公モートが愛妻を連れて、サン・セバスチャンで開かれる映画祭を訪れるお話。
妻は、どうやら新鋭の映画作家フィリップに気があるようで、モートのことには無関心。
モートのほうも、旅の地で知り合った女医に惹かれていくだが・・・
モートが歩いていると、突然、フェリーニの8 1/2の世界に突入するところから始まるウディ・アレンの映画愛が止まらない。
モートはたびたび夢を見るのだが、それがそれぞれ彼が敬愛してやまない映画作家たちの世界なのだ。映画ファンからしたら、こんなうらやましい夢ったらない。
かつてのウディ・アレンが演じていた主人公のように、本作主人公のモートも、神経症で、病気恐怖症で、自己肯定感の低い人物だ。
そんなおなじみの主人公が、今回も懲りずに恋をする。
さてさて、
恋の行方はさておき、本作が放つ現代映画への皮肉はなかなか強烈なものがある。
いろいろとアレン氏も溜まっていたのだろう。
幸せ不幸せを描くより、自己の存在について深く抉る作品に惹かれる気持ち。
しかし、それは大衆には理解されず、そんな作品を語りだすと理屈っぽい奴と言われてしまう。
思わず「わかるわかる」と心の中で叫んでしまった。
モートの恋敵になるフィリップが、大衆の支持の象徴となる。
彼なりに社会をとらえて、どの作品も批評家が絶賛。次作はイスラエルとパレスチナの関係についての作品を撮りたいという。
確かにフィリップは映画人だ。
だけど、モートや私のような映画ファンが本当に求めているものとは違う。
ベルイマン監督の、『第七の封印』よろしく、モートは死神とチェスをする。
死神が去ったあと、自分は作者ではなく読者なのだと気づいて人生に安堵するシーンで、モートは結論を出そうとする。
本作は、ハッピーエンドで終わらない。
モートは人生の敗者となる。
そして諦めの境地となったモートの苦い笑みで終わるのだが、このエンディングでなぜか希望が湧いた。
それはモートが書き続けている永遠に終わらない小説を、これからも読み続けることができると確信したから。
ウディが愛したニューヨークのように、本作の舞台である、サン・セバスチャンもひたすら美しい。
『ハンナとその姉妹』のように、生きている街案内までついてくる豪華版です。
『サン・セバスチャンへ、ようこそ』Rifkin's Festival 2020(米)
ウディ・アレン監督 88分
2024年1月公開