ドゥ・ザ・ライト・シング₍1989) | あの時の映画日記~黄昏映画館

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あの日、あの時、あの場所で観た映画の感想を
思い入れたっぷりに綴っていきます

 

 ドゥ・ザ・ライト・シング(1989)

 

アメリカの人種対立を厳しく描いた、スパイク・リー監督作品。

 

気温37度を超えるニューヨーク・ブルックリンの黒人街。

 

ローカルFM局のDJが、「今日も暑いよ」と新しい一日の始まりを告げるいつもと変わらない朝。

 

ぐうたら黒人青年、ムーキー(スパイク・リー)は、週250ドルでイタリア系白人の経営するピザ屋の配達の仕事をしていた。

 

街にはさまざまな人が行き交い、ピザ屋の向かいには韓国人が営む雑貨屋もあり、騒々しくもあるが、コミュニティは平和に形成されているるように見えた。

 

ムーキーが働くピザ屋の壁には、イタリア系の俳優などの著名人の写真が飾られており、多くの客は気にしなかったが、それを苦々しく思っている者もいた。

 

その店ではオーナーの、サル(ダニー・アイエロ)の二人の息子も一緒に働いていたが、ムーキーは、どうも兄の方とはそりが合わず、しょっちゅう衝突していた。

 

この街で暮らす人々のほのぼのとした市井生活が描かれていくのだが、ピザ屋の主人が快く思わない一人の客がきっかけで、危ういながらバランスを保っていたこの街の様相が一変することとなる・・・

騒動のきっかけとなるピザ屋の主人は、決して差別主義者ではない。

長年、店の窓から外の様子を見ながら、自分が焼いたピザを食べて大きくなった黒人の若者に思いを馳せるような人。

 

ピザ屋を息子たち二人に継がせて、ムーキーも引き続き雇うことを告げ、その後閉店したのにも関わらずピザを食べにくる若者たちに店を開けるような人。

しかし、人種関係なく人間四六時中穏やかでいられるわけじゃない。

嫌いな人間も現れる。

その小さな感情のもつれが、人種間対立の引き金となり大暴動に発展してしまう。

 

黒人の街で店を立ち上げて、貧しい人のために営んでいるのだという驕りも少しはあったかもしれない。

 

黒人の若者が白人とすれ違いざまに自転車で足を踏まれて新品の靴を汚され、いつまでも延々と靴の汚れを落としているシーンがありますが、これは黒人が白人に対して心の奥にある感情を比喩的に表していたんじゃないかなと思います。

『フルートベール駅で』(2013)のような作品が作り続けられているのも、このテーマがアメリカ社会に対する黒人たちの思いの深さを感じます。

 

 

 

暴動が起きた時、向かいの韓国人雑貨店も巻き込まれそうになるのですが、韓国人が、「私は白じゃない、白じゃない、あなたたちと一緒」と訴える場面も考えさせられます。

 

破壊された店に、給料を受け取りに行くムーキー。

まだ呆然としているオーナーに、平然と金を受け取りに行きます。

このシーンにはいろんな感情が沸き上がります。多分、観る人によってそれぞれ違うことでしょう。

 

ラストクレジットには、キング牧師とマルコムXの言葉が流れます。

 

題名の、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(Do the right thing・正しいことをせよ)というのがなんとも虚しい。

 

 

『ドゥ・ザ・ライト・シング』Do the right thing(1989)

スパイク・リー監督 119分

1990年4月日本公開

 

『あの時の映画日記~黄昏映画館・採点版』

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