天城越え(1983)
原作は松本清張。
少年が持つ自らの性に対する欲望と葛藤を通じて描かれる推理サスペンス。
印刷所を営む小野寺(平幹二朗)のもとに、田島(渡瀬恒彦)と名乗る老人がある印刷物の印刷を依頼してきた。
その印刷物には、「天城山殺人事件」と書かれており、それを見た小野寺は動揺する。
小野寺は、14歳のころ、家出して一人天城越えをして母と離れて暮らしている兄のもとに行こうとしていたことを回想する。
小野寺は、愛していた母が叔父と交わる場面を目撃して、母及び性行為に関して嫌悪感を持ち、家を出たのだ。
旅の途中、小野寺は裸足で旅する美しい女性、ハナ(田中裕子)と出会う。
小野寺は、ハナにときめきを覚え、そして性的な興奮も感じた。
並んで歩く二人。
先のトンネルのところに、その前に小野寺が出会った粗野な感じの土工がいた。
ハナは小野寺を先に行くように促して、土工のもとに近づいていく。
そして後日、
土工の男が死体となって発見され、
近くで採取された足跡がハナの足と大きさが一致したことや、その他情報証拠でハナは殺人罪で逮捕されてしまう・・・
謎解きの部分がありますので、あらすじはこのあたりまでにします。
とにかく本作は、ハナを演じる田中裕子の演技が凄い。
ハナはいわゆる売春婦なのですが、少年の小野寺に見せる微笑みは天女のそれです。
彼女の何気ない仕草に、少年は心が高ぶります。
優しい目つき、タバコを吸う魅力的な唇、艶やかなうなじ・・・
何もかもが少年には、甘くて魅惑的で、そして刺激的な出会いだった。
そんなハナが逮捕、拘留され、そこで彼女は苛烈な取り調べを受けます。
この事件が初めての大きなヤマだった若かりし頃の田島は、彼女にビンタを喰らわせてまでも、自供させようとします。
トイレに行きたがっている彼女を行かせないという拷問まがいの取り調べもあり、ここで彼女は失禁します。
そこでの彼女の鋭くて強い目つきよ。
少年に見せる優しい目つきとはまるで違う怨念のこもった目つき。
そして、雨の中腰縄をつけられて連行されるとき、少年と目が合います。
全てを悟ったような彼女はその時、菩薩のような微笑みを浮かべるのです。
ここまで演じきれる女優がいるだろうか。
先の失禁シーンも、田中裕子は監督に、「こしらえものはいりません」と言って、本当に失禁したシーンを撮らせたそうだ。
このシーンに関して、そこまでやる必要があるのかと批判の声もあるようだが、その批判は演じる田中裕子に対して大変に無礼だと思う。彼女の役者魂がこもっている一世一代のシーンにケチをつけるなと言いたいです。
少年の性的目覚めの複雑な心理もうまく表現されていて、例えば春画が描かれた雑誌を机の中に隠したりする場面。
これは、私の世代だとエロ本を隠していた行為と同じだし、今の子だと、わからないようにエロ画像や動画をフォルダに隠したりしているのだろう。
大人になった今では、こみあげてく性欲を発散させるための普通の行動だと思うのですが、少年の時期ってそういうことに何か得体のしれない罪悪感なようなものを感じていたのです。
そういった微妙な感情をサスペンスドラマの中に入れた松本清張の着眼点が凄いし、等身大の少年の苦い思いを描いているのも凄い。
監督の演出には少々拙いところがあるのですが、田中裕子の熱演で帳消しになってますね。
『天城越え』(1983)
三村晴彦監督 99分
1983年2月公開