愛と死をみつめて(1964) | あの時の映画日記~黄昏映画館

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 愛と死をみつめて(1964)

 

私はホラー映画より難病死映画が苦手。

さあ、泣け!、悲しいでしょう!という作り手の嫌なメッセージが垣間見れる作品が多いからです。

 

そして、本作。

大学生マコと軟骨肉腫に冒され21歳でその生涯を終えたミコの文通を通して描かれる純愛物語。まさに、難病死物の王道といってもいい作品。

現代の感覚で言えばいろいろツッコミどころは多いのですが、この作品に関しては病気に冒された吉永小百合の純粋な健気さに感情移入することができ、嫌な気分にはなりませんでした。

 

吉永小百合が泣かせの演技をしていないところによるものが大きいでしょう。

彼女が主演でなかったらもっと湿っぽくなっていたはずだと思います。

 

彼女の大阪弁も違和感がなかったし、

父親が持ってきた洋服に次々と着替える場面の可憐な笑顔。

顔半分包帯に覆われている状況なのにこの魅力。

 

マコ役の浜田光夫は少し張り切りすぎたかな。感情起伏が激しい役なのですが、もうちょっと抑えてほしかった。

 

この作品が他の難病死物と一線を画すことになったもう一つの要因は、脇役の好演。

ミコの父親役の笠智衆が、汽車で大阪駅を離れる場面の表情の見事なことよ。

先述のミコのファッションショーの場面で、娘に隠れて窓の外を向いて流す涙。

 

ミコと病室で相部屋になるおばちゃんたち。

北林谷栄、笠木シヅ子の演技もさることながら、ミヤコ蝶々の正統な美しい大阪弁がさすがに見事です。

病室の中で繰り広げられる宗教論争。

タブーがなくておおらかでいいなと思った。

リメイク版は観ていないのだが、このシーンはおそらく描かれていないだろう。

 

後半のポイントになる車いすの患者を演じる宇野重吉もさすがの存在感。

ラストの絶叫が耳に残ります。

 

この作品が公開された時期は東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が東京~新大阪間で開通した年。

そんな時代の大阪の風景が貴重だ。

 

ミコとマコがデートするのは、大川、中之島公園あたりか。

御堂筋から難波を写すショットなど、これだけ大阪を美しくロケしている作品もそうはないかもしれない。

病院の窓から、阪神百貨店、その隣に阪急百貨店が見えるというのもいいですね。

二人が鉢植えのフェニックスを買うマーケットは、大阪市福島区公設市場でのロケだとのこと。

当時の大阪駅のホームが観られるのもなんだかうれしい。

恋愛場面でいいのは、

マコが持ってきた信州の山の写真を見ながら架空のハイキングをする場面。

やりとりをしていくうちに、ミコの病状が悪化していくのを象徴的にみせていく。

 

主演の二人が阪神タイガースファンだというのも面白い設定ですね。

ラジオの野球中継を聴きながら一喜一憂する姿は今の若者も変わらない。

 

自らの予感から、身の回りの物を焼却する場面。

全ての物が煙になる印象的なシーンですね。

 

病院の外に

健康な日を

三日下さい

 

ミコの心からの願いです。

苦手な難病死映画だけど、結構褒めちゃったよ^^

原作は1963年に発行された、大学生・河野實と大島みち子との3年間の文通を書籍化して大ヒットしたベストセラー。

『愛と死をみつめて』(1964)

斎藤武市監督 118分

1964年9月公開