スターウォーズの功罪 | あの時の映画日記~黄昏映画館

あの時の映画日記~黄昏映画館

あの日、あの時、あの場所で観た映画の感想を
思い入れたっぷりに綴っていきます

反体制や暗い青春を描き続けた、

いわゆる“アメリカン・ニューシネマ”は、

1976年に製作、発表され為せば成るのアメリカンドリームを描いた

『ロッキー』の登場と、翌1977年公開(日本公開は1978年)の『スター・ウォーズ』の、

スカッとした冒険活劇の復活でほとんど消滅状態になった。


ベトナム戦争の影を引きづっていたアメリカの大衆が、

ようやく娯楽の原点に戻ろうとしていた時期に見事に合致し、

両作品とも大ヒットを収めた。


無名俳優だったシルベスター・スタローンがスターダムへ駆け上がり、

当時弱冠34歳だったジョージ・ルーカスが、

『アメリカン・グラフィティ』の演出がフロックでなかったことを証明して、

お金の稼げる監督、製作者として強い影響力を持つことになった。


そして『スターウォーズ』の見事な特撮は、

いままで不可能だった表現を次々と実現させていき、

その技術陣はそれぞれ活躍の場を見つけ、

ほどなくやってくるSF映画ブームの中心的な牽引者となっていった。


その新しく公開される作品のすごさに、

最初はただ驚くばかりであったが、

徐々に感覚が慣れてきて、

いまやどんなスペクタクルシーンでも、

何も感じなくなっていった。


昔なら俳優やスタントマンが演じているのを、

ほんとに手に汗握り観ていたのだが、

最近は「あぁ、CGか」と冷めてしまうのである。


爆破シーンなども同様で、

昔は車1台爆発するだけで、

「OH!スペクタクル」の時代だったのだが、

今や地球に隕石がぶつかっても何も感じない。


もともと映画は見世物なので、

作品というよりもアトラクション化していくのが、

映画の進化かもしれないが、

なにかとても寂しいのである。


『スターウォーズ』のいわゆるエピソードⅣからⅥは、

とても面白くて僕も大好きです。

とくにエピソードⅣは生涯BESTにいれてもいいくらい気に入っています。

Ⅴも面白かったなあ。


あのころは、

まず物語があって、

それを具現化させるために新技術が次々に開発され、

我々も拍手を贈っていたのである。


ただ最近は、

新しい技術を見せたいがために、

後付でシーンが作られているように感じられる。

そこには、

「こんなすごいこともできちゃうんだよ」という、

技術陣のナルシスト的なにおいがする。


『スターウォーズ』の素晴らしすぎる技術の高さが、

特殊技術の開発戦争となり、

その結果映画の温かみが失われていった。


もし『スターウォーズ』が大コケしていたら、

現在の興行収入TOP10の色合いは全く変わっているだろう。

今ほど映画は「儲かる」ものではなかったかもしれない。


映画史の重要な転換点となった『スターウォーズ』を、

もちろん僕は支持するしその歴史的価値も認める。


ただ最近の、

おもちゃ箱をひっくり返したような、

目がチカチカするような空虚な作品が量産されるようになったのは、

ルーカスは望まなかったであろうが、

『スターウォーズ』の負の責任だと今になって思うのである。


続く・・・・



エキサイティング大阪街歩きのブログ にもお越しください。


クリック応援よろしくお願いします!

↓   ↓    ↓    ↓

人気ブログランキング   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

読者登録してね