絶対抱え込まないという決意
昨日も書いた仕事の話だけれど、話が二転三転してまた今日割り振りが変わった。
私に
「自分の仕事は他にまわして新しいプロジェクトに取り組むように」
と言った上司は、今日その割り振りを私がメールした途端にチーフに
「この割り振りだと仕事回らないんじゃない?振られた人が大変だよね」
と言ったらしく、その後すぐにチーフと3人で打ち合わせ。するとその場で
「まあほらさ、hakuさんには確かに新しいプロジェクトに打ち込んで欲しいとは言ったけど今やっていることをやらずにっていうわけじゃないからさ、今やっている仕事も完成形まで持っていって欲しいし、あれやこれや新しい課題があるからそれもすぐにやらなくちゃいけないわけだよね。hakuさんは今やっている仕事にもまだまだ課題があって、今までにないような動きもどんどんやっていくべきだからさ。」
とか言う。
要約すると上司が言っていることは、
①3月目処の、緊急プロジェクトが勃発。本当は別の課長がやる仕事だけれどその人が出来ないので私が担当することに。(1人でやるわけじゃないけど)この仕事で、週1ペースで出張が入ることになっている。
②3月締め切りの大きな仕事がもう1つ。これは今回が2回目の仕事で、企画からほぼ私が1人でやっている。他に出来る人がいないという理由で担当に決まった。
③現在日常的にやっている仕事(当日になってみないと忙しいかどうかわからない仕事。電話などで舞い込む用件をドンドン処理していく。)を続けて担当する。私は課長のサポートについているので、他の人に振るのは不安だと言う。日によってはこの仕事だけで一日が終わるという量。
④その他幹部クラスが使う資料作成なども、私しか担当していないので継続。
⑤3月から4月に社内イベントを開催するよう依頼されている。これも1年半前くらいから私が中心で進めている企画の1つ。
⑥4月は会社の大きなイベントがありそう。毎年このイベントで、担当ではないのに直前になって一気に巻き込まれ、気がつくと担当扱いにされてしまう。去年は社外に配る案内状のデザインを締め切り2時間前に初めて見せられ、そこから一気に丸ごとデザイン変更した。この経験から、デザイン系とイベント系の仕事には担当でなくても巻き込まれることになった。今年は担当を持つことは必至。
⑦4月から5月にある社内イベントでプレゼンするかも。更に夏に向けてもっと大きなイベントでプレゼンするかも。発表者は私しかいない。発表内容をより磨き込むようにと言われている。
⑧自分の部署の仕事(日常業務)の更なる課題攻略に向けて新しい動きを今すぐする必要がある。
⑨社内の様々な部署の横の連携をとる仕事をやるようにと指示されている。
⑩社内のホームページ管理なども担当中。
⑪社内のシステム管理も担当中。
⑫他部署で進行中のプロジェクト(スタートから私が監修している)も継続担当。
⑬各部署共通で使えるマニュアル作成(仕事の棚卸しからスタート)も同時進行。
⑭色々な人からの相談窓口も同時進行。
⑮もう書ききれない・・・.
・・・ざっと思いつくことを書いてみたら、
「取りあえずこれ全部やって」
と言われているということがわかった。
ちなみに、基本残業はしないということにもなっている。
・・・私が3人は必要だと真剣に思う。
こんなに私しか出来ない仕事があって、この会社大丈夫だろうか。私がいなくなったらどうするのだろうか。私が関わっている仕事は社内外を問わず色々な人が関わっているのだけどなぁ。
「この間のあの仕事、今日取引先からすごく褒められたよ。素晴らしいって。またぜひお願いしたいって逆に言われちゃったよ!」
と課長が笑顔で報告してくれた今日の夕方、嬉しさ半分複雑さ半分。そのお客様の期待が私の腕一本にかかってるってどうなのだろうか、会社組織として。
それに、28歳の安いお給料の私が、40歳以上の課長さん達のサポート(一部サポートじゃなくて完全に仕事委譲)をしているからなんとか回ってるってどうなのだろうか。
もっと言えば、課長以上の皆様が諦めたことを私に緊急プロジェクトと言って担当させるのってどうなのだろうか・・・。日本の昔ながらの役職がある会社で、何の肩書きも持たない私が、自分と同等(中には自分より社歴上)のみなさんの残業管理までするってどうなのだろうか。人事部でもなく、総務でもなく、全く関係のない部署なのに。疑問に感じずにいられない。
今年になって、社内のそうした色々な面が剥き出しになって感じられて、
「私、この会社で長く働けないかも。」
と思った今日この頃。温度差、感じちゃうんだよな。自分が熱意を持ってやる仕事に対する周りの理解の無さにも、熱意の薄い職場にも。熱意を持って働く人にばかり負担がかかって、本来やるべき人がやらなくても、みんなの考えがちぐはぐでも『まあ仕方ない』で終わる空気にも。私だけじゃなく、もっと認められるべき人が他にもいるのに。私が、熱すぎるだけなのかもしれない。
まあ、書き出してみたら思いのほか仕事を同時進行で持っていることがよくわかって良かった。
絶対これ全部1人で抱え込まないようにしなくちゃ。
2009年、私は抱え込まないオンナになります!!!
私に
「自分の仕事は他にまわして新しいプロジェクトに取り組むように」
と言った上司は、今日その割り振りを私がメールした途端にチーフに
「この割り振りだと仕事回らないんじゃない?振られた人が大変だよね」
と言ったらしく、その後すぐにチーフと3人で打ち合わせ。するとその場で
「まあほらさ、hakuさんには確かに新しいプロジェクトに打ち込んで欲しいとは言ったけど今やっていることをやらずにっていうわけじゃないからさ、今やっている仕事も完成形まで持っていって欲しいし、あれやこれや新しい課題があるからそれもすぐにやらなくちゃいけないわけだよね。hakuさんは今やっている仕事にもまだまだ課題があって、今までにないような動きもどんどんやっていくべきだからさ。」
とか言う。
要約すると上司が言っていることは、
①3月目処の、緊急プロジェクトが勃発。本当は別の課長がやる仕事だけれどその人が出来ないので私が担当することに。(1人でやるわけじゃないけど)この仕事で、週1ペースで出張が入ることになっている。
②3月締め切りの大きな仕事がもう1つ。これは今回が2回目の仕事で、企画からほぼ私が1人でやっている。他に出来る人がいないという理由で担当に決まった。
③現在日常的にやっている仕事(当日になってみないと忙しいかどうかわからない仕事。電話などで舞い込む用件をドンドン処理していく。)を続けて担当する。私は課長のサポートについているので、他の人に振るのは不安だと言う。日によってはこの仕事だけで一日が終わるという量。
④その他幹部クラスが使う資料作成なども、私しか担当していないので継続。
⑤3月から4月に社内イベントを開催するよう依頼されている。これも1年半前くらいから私が中心で進めている企画の1つ。
⑥4月は会社の大きなイベントがありそう。毎年このイベントで、担当ではないのに直前になって一気に巻き込まれ、気がつくと担当扱いにされてしまう。去年は社外に配る案内状のデザインを締め切り2時間前に初めて見せられ、そこから一気に丸ごとデザイン変更した。この経験から、デザイン系とイベント系の仕事には担当でなくても巻き込まれることになった。今年は担当を持つことは必至。
⑦4月から5月にある社内イベントでプレゼンするかも。更に夏に向けてもっと大きなイベントでプレゼンするかも。発表者は私しかいない。発表内容をより磨き込むようにと言われている。
⑧自分の部署の仕事(日常業務)の更なる課題攻略に向けて新しい動きを今すぐする必要がある。
⑨社内の様々な部署の横の連携をとる仕事をやるようにと指示されている。
⑩社内のホームページ管理なども担当中。
⑪社内のシステム管理も担当中。
⑫他部署で進行中のプロジェクト(スタートから私が監修している)も継続担当。
⑬各部署共通で使えるマニュアル作成(仕事の棚卸しからスタート)も同時進行。
⑭色々な人からの相談窓口も同時進行。
⑮もう書ききれない・・・.
・・・ざっと思いつくことを書いてみたら、
「取りあえずこれ全部やって」
と言われているということがわかった。
ちなみに、基本残業はしないということにもなっている。
・・・私が3人は必要だと真剣に思う。
こんなに私しか出来ない仕事があって、この会社大丈夫だろうか。私がいなくなったらどうするのだろうか。私が関わっている仕事は社内外を問わず色々な人が関わっているのだけどなぁ。
「この間のあの仕事、今日取引先からすごく褒められたよ。素晴らしいって。またぜひお願いしたいって逆に言われちゃったよ!」
と課長が笑顔で報告してくれた今日の夕方、嬉しさ半分複雑さ半分。そのお客様の期待が私の腕一本にかかってるってどうなのだろうか、会社組織として。
それに、28歳の安いお給料の私が、40歳以上の課長さん達のサポート(一部サポートじゃなくて完全に仕事委譲)をしているからなんとか回ってるってどうなのだろうか。
もっと言えば、課長以上の皆様が諦めたことを私に緊急プロジェクトと言って担当させるのってどうなのだろうか・・・。日本の昔ながらの役職がある会社で、何の肩書きも持たない私が、自分と同等(中には自分より社歴上)のみなさんの残業管理までするってどうなのだろうか。人事部でもなく、総務でもなく、全く関係のない部署なのに。疑問に感じずにいられない。
今年になって、社内のそうした色々な面が剥き出しになって感じられて、
「私、この会社で長く働けないかも。」
と思った今日この頃。温度差、感じちゃうんだよな。自分が熱意を持ってやる仕事に対する周りの理解の無さにも、熱意の薄い職場にも。熱意を持って働く人にばかり負担がかかって、本来やるべき人がやらなくても、みんなの考えがちぐはぐでも『まあ仕方ない』で終わる空気にも。私だけじゃなく、もっと認められるべき人が他にもいるのに。私が、熱すぎるだけなのかもしれない。
まあ、書き出してみたら思いのほか仕事を同時進行で持っていることがよくわかって良かった。
絶対これ全部1人で抱え込まないようにしなくちゃ。
2009年、私は抱え込まないオンナになります!!!
雪つもる
午後から松本で会議があり、電車で移動。
お昼はさっぱり食べようと思ったのに、何を思ったか中華のお弁当を食べてしまった。美味しかったけど、溢れんばかりの油。
会議が終わって、打ち合わせ2本やって、会社に戻る。松本は晴れていたのに長野はしっかり雪。全く除雪する気のない長野市内は道路もカチコチでタクシーの運転手さんと
「明日は混むねぇ。」
なんて話をする。毎年2月に薄らと降る雪があり、その時には一日で180件も物損事故があるんだよと運転手さんが言った。怖い。
会社に着いて駐車場に踏み込んで愕然。しっかり積もっている。車を見てまた愕然。10cm以上、15cm位積もっている。車が~・・・と落ち込みつつ、雪を降ろして家路に着いた。
今日は体調があまりよろしくない。
会議中に胸の痛みに襲われるし(会議で話込んでたら痛みを忘れてしまって治ったけど)、数日前から左足の指と右手の指が痛い。骨が痛む感じ。病気の症状がはっきり出てしまっている。
とにかく休んで、自分をいたわらなくちゃね。
明日は早く家を出ないといけないし、もう寝ます。
おやすみなさい。
お昼はさっぱり食べようと思ったのに、何を思ったか中華のお弁当を食べてしまった。美味しかったけど、溢れんばかりの油。
会議が終わって、打ち合わせ2本やって、会社に戻る。松本は晴れていたのに長野はしっかり雪。全く除雪する気のない長野市内は道路もカチコチでタクシーの運転手さんと
「明日は混むねぇ。」
なんて話をする。毎年2月に薄らと降る雪があり、その時には一日で180件も物損事故があるんだよと運転手さんが言った。怖い。
会社に着いて駐車場に踏み込んで愕然。しっかり積もっている。車を見てまた愕然。10cm以上、15cm位積もっている。車が~・・・と落ち込みつつ、雪を降ろして家路に着いた。
今日は体調があまりよろしくない。
会議中に胸の痛みに襲われるし(会議で話込んでたら痛みを忘れてしまって治ったけど)、数日前から左足の指と右手の指が痛い。骨が痛む感じ。病気の症状がはっきり出てしまっている。
とにかく休んで、自分をいたわらなくちゃね。
明日は早く家を出ないといけないし、もう寝ます。
おやすみなさい。
手帳カバーの選び方
最初に断っておくが、手帳カバーなんて自分の好きなように選べばいいので、これから書くことは
「へぇ、そう考える人もいるんだねぇ。」
程度に読んでいただきたい。
ノウハウではないのであしからず。
(というのも、このブログのアクセス解析を見ると検索ワードで「手帳」が多いのだ。)
手帳カバーは自分の好きなものを選ぶのが一番なのは言うまでもない。
そんなことはわかっていても迷ってしまうことがある。そういう時は、なりたい自分を投影して選んでみるのも良いと思う。
まだ10代の頃、私は透明のカバーが好きだった。自分で中身を入れ替えられるからだ。雑誌の切り抜きを入れたり、ポストカードを加工して入れたり出来る。今でも覚えているのは、雑誌に載っていた食器の柄を切り抜いてカバーに入れていたことと、ミュシャのポストカードを手帳に挟めるサイズに切って2枚いつも入れていたこと。
社会人になってからはキャラクターもの(リサとガスパールが好き。)を買っていたが全く使わなかった。使わないのでいつしか買うのをやめた。また買い始めたのは、仕事のこともちょっと書こうかなと思ったことと、何か書くものが欲しくなったからだった。
その頃私は熱しやすく冷めやすい自分にちょっと手を焼いていて、会社でも会議で目上の人に向かって自分の意見をガンガンぶつけてしまうので自分で困っていた。抑えようと思うのだけど『私の意見は間違っていない!!』と思う方が強くて、しょっちゅう社内でもめていたのだ。間違ってるとか間違っていないとかいう問題ではないのにその頃はそんな冷静になれなかった。手帳を買って自分の頭を整理しようと思った時、選んだのはエメラルドグリーンの手帳カバーだった。
本当は赤が好きなのだけれど、赤い手帳は自分の頭を整理するのには向いていないと感じた。逆に自分を鎮める色が必要だと思って、鮮やかなエメラルドグリーンにした。パッと見かなり鮮やかだったから目をひくその色は、不思議と仕事中も机の上にあるだけで気分が落ち着いた。
その後また手帳を使わない時期があり、次に選んだのまっピンクだった。去年の手帳だ。
私にしては珍しいチョイスのがっつりピンクは、それはもう鮮やかなピンクで更に人目をひいた。毎日、仕事中は机の上に置き、どんな大事な打ち合わせでもそのド派手ピンクを持って参加し、だんだん薄汚れてきてしまっても毎日毎日一緒に過ごした。
どこにいても、私は私。
それを表す道具だったのだ。
仕事で使うのにその色は無いだろうと身近な人に言われたりもしたけれど、それが逆に挑戦でもあったのだと思う。女性の品格を著者から見たら品格のかけらもないのだろうけれど、
「あんなまっピンクの手帳持って会議に出るくらいだもん、あいつはやっぱりダメだよ。」
なんて言わせないくらいの仕事をするという、自分の存在を際立たせる挑戦だったのだ。女性を感じさせるピンクと、挑戦的なピンク。ピンクの小物なんて持たない私がピンクを選んだのは、自分の挑戦を投影したからだった。
今年買ったのは、ほぼ日手帳のタッタソールチェック。
挑戦の年を過ぎ、落ち着きとキッチリした決してぶれない芯を持ち続けたいという思いが投影されている。作戦挑戦しながら築いた自分の存在感を根付かせるような。冷静さと情熱さを両方持ったバランスのとれた人になりたい。いくつもあったチェック柄の中でタッタソールチェックを選んだのは、地色の落ち着きに、赤と白のラインがキッチリ引かれていることが気に入ったからだった。複雑なチェックではなく、ピシッと引かれたチェックが良かった。
1年という限られた時間を一緒に過ごすものだから、その1年自分が目指すものを投影してみてはどうだろうか。そういうカバーが見つからなければ自分で作ってもいいと思う。少しずつ手を入れていく作業は、少しずつ自分が変わっていくことの現れでもあって面白い。
もちろん1年で手放さなくてはいけないわけではない。革の手帳を買って何年もかけていい色に変化させていくことは、手帳という存在と何年も一緒にいることを決めたわけで、色の変化に時の流れを感じてみるのもステキだと思う。自分の状況にある程度満足していたり、基盤を見つけてジワジワ変化していくことを楽しんでいたりする人には向いていると思う。変わることを楽しむ余裕があって、大人だなぁと思う。まだ私は手を出せない領域。
そうして選んだ手帳カバーを何年か後に振り返るのもまた一興ではないか。
「へぇ、そう考える人もいるんだねぇ。」
程度に読んでいただきたい。
ノウハウではないのであしからず。
(というのも、このブログのアクセス解析を見ると検索ワードで「手帳」が多いのだ。)
手帳カバーは自分の好きなものを選ぶのが一番なのは言うまでもない。
そんなことはわかっていても迷ってしまうことがある。そういう時は、なりたい自分を投影して選んでみるのも良いと思う。
まだ10代の頃、私は透明のカバーが好きだった。自分で中身を入れ替えられるからだ。雑誌の切り抜きを入れたり、ポストカードを加工して入れたり出来る。今でも覚えているのは、雑誌に載っていた食器の柄を切り抜いてカバーに入れていたことと、ミュシャのポストカードを手帳に挟めるサイズに切って2枚いつも入れていたこと。
社会人になってからはキャラクターもの(リサとガスパールが好き。)を買っていたが全く使わなかった。使わないのでいつしか買うのをやめた。また買い始めたのは、仕事のこともちょっと書こうかなと思ったことと、何か書くものが欲しくなったからだった。
その頃私は熱しやすく冷めやすい自分にちょっと手を焼いていて、会社でも会議で目上の人に向かって自分の意見をガンガンぶつけてしまうので自分で困っていた。抑えようと思うのだけど『私の意見は間違っていない!!』と思う方が強くて、しょっちゅう社内でもめていたのだ。間違ってるとか間違っていないとかいう問題ではないのにその頃はそんな冷静になれなかった。手帳を買って自分の頭を整理しようと思った時、選んだのはエメラルドグリーンの手帳カバーだった。
本当は赤が好きなのだけれど、赤い手帳は自分の頭を整理するのには向いていないと感じた。逆に自分を鎮める色が必要だと思って、鮮やかなエメラルドグリーンにした。パッと見かなり鮮やかだったから目をひくその色は、不思議と仕事中も机の上にあるだけで気分が落ち着いた。
その後また手帳を使わない時期があり、次に選んだのまっピンクだった。去年の手帳だ。
私にしては珍しいチョイスのがっつりピンクは、それはもう鮮やかなピンクで更に人目をひいた。毎日、仕事中は机の上に置き、どんな大事な打ち合わせでもそのド派手ピンクを持って参加し、だんだん薄汚れてきてしまっても毎日毎日一緒に過ごした。
どこにいても、私は私。
それを表す道具だったのだ。
仕事で使うのにその色は無いだろうと身近な人に言われたりもしたけれど、それが逆に挑戦でもあったのだと思う。女性の品格を著者から見たら品格のかけらもないのだろうけれど、
「あんなまっピンクの手帳持って会議に出るくらいだもん、あいつはやっぱりダメだよ。」
なんて言わせないくらいの仕事をするという、自分の存在を際立たせる挑戦だったのだ。女性を感じさせるピンクと、挑戦的なピンク。ピンクの小物なんて持たない私がピンクを選んだのは、自分の挑戦を投影したからだった。
今年買ったのは、ほぼ日手帳のタッタソールチェック。
挑戦の年を過ぎ、落ち着きとキッチリした決してぶれない芯を持ち続けたいという思いが投影されている。作戦挑戦しながら築いた自分の存在感を根付かせるような。冷静さと情熱さを両方持ったバランスのとれた人になりたい。いくつもあったチェック柄の中でタッタソールチェックを選んだのは、地色の落ち着きに、赤と白のラインがキッチリ引かれていることが気に入ったからだった。複雑なチェックではなく、ピシッと引かれたチェックが良かった。
1年という限られた時間を一緒に過ごすものだから、その1年自分が目指すものを投影してみてはどうだろうか。そういうカバーが見つからなければ自分で作ってもいいと思う。少しずつ手を入れていく作業は、少しずつ自分が変わっていくことの現れでもあって面白い。
もちろん1年で手放さなくてはいけないわけではない。革の手帳を買って何年もかけていい色に変化させていくことは、手帳という存在と何年も一緒にいることを決めたわけで、色の変化に時の流れを感じてみるのもステキだと思う。自分の状況にある程度満足していたり、基盤を見つけてジワジワ変化していくことを楽しんでいたりする人には向いていると思う。変わることを楽しむ余裕があって、大人だなぁと思う。まだ私は手を出せない領域。
そうして選んだ手帳カバーを何年か後に振り返るのもまた一興ではないか。