手帳カバーの選び方
最初に断っておくが、手帳カバーなんて自分の好きなように選べばいいので、これから書くことは
「へぇ、そう考える人もいるんだねぇ。」
程度に読んでいただきたい。
ノウハウではないのであしからず。
(というのも、このブログのアクセス解析を見ると検索ワードで「手帳」が多いのだ。)
手帳カバーは自分の好きなものを選ぶのが一番なのは言うまでもない。
そんなことはわかっていても迷ってしまうことがある。そういう時は、なりたい自分を投影して選んでみるのも良いと思う。
まだ10代の頃、私は透明のカバーが好きだった。自分で中身を入れ替えられるからだ。雑誌の切り抜きを入れたり、ポストカードを加工して入れたり出来る。今でも覚えているのは、雑誌に載っていた食器の柄を切り抜いてカバーに入れていたことと、ミュシャのポストカードを手帳に挟めるサイズに切って2枚いつも入れていたこと。
社会人になってからはキャラクターもの(リサとガスパールが好き。)を買っていたが全く使わなかった。使わないのでいつしか買うのをやめた。また買い始めたのは、仕事のこともちょっと書こうかなと思ったことと、何か書くものが欲しくなったからだった。
その頃私は熱しやすく冷めやすい自分にちょっと手を焼いていて、会社でも会議で目上の人に向かって自分の意見をガンガンぶつけてしまうので自分で困っていた。抑えようと思うのだけど『私の意見は間違っていない!!』と思う方が強くて、しょっちゅう社内でもめていたのだ。間違ってるとか間違っていないとかいう問題ではないのにその頃はそんな冷静になれなかった。手帳を買って自分の頭を整理しようと思った時、選んだのはエメラルドグリーンの手帳カバーだった。
本当は赤が好きなのだけれど、赤い手帳は自分の頭を整理するのには向いていないと感じた。逆に自分を鎮める色が必要だと思って、鮮やかなエメラルドグリーンにした。パッと見かなり鮮やかだったから目をひくその色は、不思議と仕事中も机の上にあるだけで気分が落ち着いた。
その後また手帳を使わない時期があり、次に選んだのまっピンクだった。去年の手帳だ。
私にしては珍しいチョイスのがっつりピンクは、それはもう鮮やかなピンクで更に人目をひいた。毎日、仕事中は机の上に置き、どんな大事な打ち合わせでもそのド派手ピンクを持って参加し、だんだん薄汚れてきてしまっても毎日毎日一緒に過ごした。
どこにいても、私は私。
それを表す道具だったのだ。
仕事で使うのにその色は無いだろうと身近な人に言われたりもしたけれど、それが逆に挑戦でもあったのだと思う。女性の品格を著者から見たら品格のかけらもないのだろうけれど、
「あんなまっピンクの手帳持って会議に出るくらいだもん、あいつはやっぱりダメだよ。」
なんて言わせないくらいの仕事をするという、自分の存在を際立たせる挑戦だったのだ。女性を感じさせるピンクと、挑戦的なピンク。ピンクの小物なんて持たない私がピンクを選んだのは、自分の挑戦を投影したからだった。
今年買ったのは、ほぼ日手帳のタッタソールチェック。
挑戦の年を過ぎ、落ち着きとキッチリした決してぶれない芯を持ち続けたいという思いが投影されている。作戦挑戦しながら築いた自分の存在感を根付かせるような。冷静さと情熱さを両方持ったバランスのとれた人になりたい。いくつもあったチェック柄の中でタッタソールチェックを選んだのは、地色の落ち着きに、赤と白のラインがキッチリ引かれていることが気に入ったからだった。複雑なチェックではなく、ピシッと引かれたチェックが良かった。
1年という限られた時間を一緒に過ごすものだから、その1年自分が目指すものを投影してみてはどうだろうか。そういうカバーが見つからなければ自分で作ってもいいと思う。少しずつ手を入れていく作業は、少しずつ自分が変わっていくことの現れでもあって面白い。
もちろん1年で手放さなくてはいけないわけではない。革の手帳を買って何年もかけていい色に変化させていくことは、手帳という存在と何年も一緒にいることを決めたわけで、色の変化に時の流れを感じてみるのもステキだと思う。自分の状況にある程度満足していたり、基盤を見つけてジワジワ変化していくことを楽しんでいたりする人には向いていると思う。変わることを楽しむ余裕があって、大人だなぁと思う。まだ私は手を出せない領域。
そうして選んだ手帳カバーを何年か後に振り返るのもまた一興ではないか。
「へぇ、そう考える人もいるんだねぇ。」
程度に読んでいただきたい。
ノウハウではないのであしからず。
(というのも、このブログのアクセス解析を見ると検索ワードで「手帳」が多いのだ。)
手帳カバーは自分の好きなものを選ぶのが一番なのは言うまでもない。
そんなことはわかっていても迷ってしまうことがある。そういう時は、なりたい自分を投影して選んでみるのも良いと思う。
まだ10代の頃、私は透明のカバーが好きだった。自分で中身を入れ替えられるからだ。雑誌の切り抜きを入れたり、ポストカードを加工して入れたり出来る。今でも覚えているのは、雑誌に載っていた食器の柄を切り抜いてカバーに入れていたことと、ミュシャのポストカードを手帳に挟めるサイズに切って2枚いつも入れていたこと。
社会人になってからはキャラクターもの(リサとガスパールが好き。)を買っていたが全く使わなかった。使わないのでいつしか買うのをやめた。また買い始めたのは、仕事のこともちょっと書こうかなと思ったことと、何か書くものが欲しくなったからだった。
その頃私は熱しやすく冷めやすい自分にちょっと手を焼いていて、会社でも会議で目上の人に向かって自分の意見をガンガンぶつけてしまうので自分で困っていた。抑えようと思うのだけど『私の意見は間違っていない!!』と思う方が強くて、しょっちゅう社内でもめていたのだ。間違ってるとか間違っていないとかいう問題ではないのにその頃はそんな冷静になれなかった。手帳を買って自分の頭を整理しようと思った時、選んだのはエメラルドグリーンの手帳カバーだった。
本当は赤が好きなのだけれど、赤い手帳は自分の頭を整理するのには向いていないと感じた。逆に自分を鎮める色が必要だと思って、鮮やかなエメラルドグリーンにした。パッと見かなり鮮やかだったから目をひくその色は、不思議と仕事中も机の上にあるだけで気分が落ち着いた。
その後また手帳を使わない時期があり、次に選んだのまっピンクだった。去年の手帳だ。
私にしては珍しいチョイスのがっつりピンクは、それはもう鮮やかなピンクで更に人目をひいた。毎日、仕事中は机の上に置き、どんな大事な打ち合わせでもそのド派手ピンクを持って参加し、だんだん薄汚れてきてしまっても毎日毎日一緒に過ごした。
どこにいても、私は私。
それを表す道具だったのだ。
仕事で使うのにその色は無いだろうと身近な人に言われたりもしたけれど、それが逆に挑戦でもあったのだと思う。女性の品格を著者から見たら品格のかけらもないのだろうけれど、
「あんなまっピンクの手帳持って会議に出るくらいだもん、あいつはやっぱりダメだよ。」
なんて言わせないくらいの仕事をするという、自分の存在を際立たせる挑戦だったのだ。女性を感じさせるピンクと、挑戦的なピンク。ピンクの小物なんて持たない私がピンクを選んだのは、自分の挑戦を投影したからだった。
今年買ったのは、ほぼ日手帳のタッタソールチェック。
挑戦の年を過ぎ、落ち着きとキッチリした決してぶれない芯を持ち続けたいという思いが投影されている。作戦挑戦しながら築いた自分の存在感を根付かせるような。冷静さと情熱さを両方持ったバランスのとれた人になりたい。いくつもあったチェック柄の中でタッタソールチェックを選んだのは、地色の落ち着きに、赤と白のラインがキッチリ引かれていることが気に入ったからだった。複雑なチェックではなく、ピシッと引かれたチェックが良かった。
1年という限られた時間を一緒に過ごすものだから、その1年自分が目指すものを投影してみてはどうだろうか。そういうカバーが見つからなければ自分で作ってもいいと思う。少しずつ手を入れていく作業は、少しずつ自分が変わっていくことの現れでもあって面白い。
もちろん1年で手放さなくてはいけないわけではない。革の手帳を買って何年もかけていい色に変化させていくことは、手帳という存在と何年も一緒にいることを決めたわけで、色の変化に時の流れを感じてみるのもステキだと思う。自分の状況にある程度満足していたり、基盤を見つけてジワジワ変化していくことを楽しんでいたりする人には向いていると思う。変わることを楽しむ余裕があって、大人だなぁと思う。まだ私は手を出せない領域。
そうして選んだ手帳カバーを何年か後に振り返るのもまた一興ではないか。