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白山オステオパシー院長のブログ   東京都文京区 白山駅より徒歩3分

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今年の春くらいに、国内外の小ネタニュースサイトなどで、グーグルマップ


のストリートビューに怪しいものが映っていると話題になりました。


私が読んだニュースサイトには、その画像を貼り付けてありましたが、


今頃になって「そういえばあれ、今でも見れるのかな~?」と思い出し、


探してみたら、まだありました。


これです↓。(進行方向に矢印を何度かクリックしてみてください。)



  グーグルマップ・ストリートビュー  玉川上水緑道




グーグルマップ・ストリートビューの撮影に出くわしたメンバーが、


顔をぼかされずに映るために、やったそうです。


こーゆーの、大好きです。


ついでにこんなのもどうぞ。↓



 グーグル・アースで見つかった少し怖い変わった場所 100選






前回、今回と、こんなネタが続くと、また「あんた、暇なのかい?」と


言われそうですが、きちんと仕事と、お勉強もやっていますよ。


最近のマイブームは、発生学です。





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たまには何か笑えるネタを書こうと思ったのですが、


これと言って、良いネタが思いつかなかったので、


困った時のニコ動頼み。


今回は、事務員Gさんのボッチ演奏をどうぞ。


映像を見て頂ければ、説明は不要だと思います。


コメントを消したいときは、右下端をクリック。












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前回はケイシー療法の第一人者であるグラディス・マクギャレイ医学博士の


インタビューを紹介しました。


この中でマクギャレイ博士が、ケイシー・リーディングにたびたび


出てくる輪廻転生、あるいはカルマという考え方に最初は戸惑ったという


内容が出てきます。


私達日本人の多くにとっては、ごく自然に受け入れられる考え方ですが


これはマクギャレイ博士だけでなく、敬虔なクリスチャンだったケイシー


自身も、自分が催眠状態で語っていることがキリスト教の教義に反する


のではないかと、当初はかなり悩んだようです。


二人とも最終的にはリーディングの内容は聖書と矛盾しないという考えに


落ち着いたようですが、では実際のところキリスト教には輪廻転生という


考え方は無いのでしょうか?


現代のキリスト教では一般的には否定されていますが、イエスの出身母体


であるエッセネ派では輪廻転生の考えを支持していましたし、キリスト教の


一派グノーシス派も輪廻転生を信じています。


またイエスが実際に生きていた時代にも、この考えが受け入れられていた


ようです。


私が調べた範囲では、真偽のほどは分かりませんが初期の聖書には


輪廻転生に関する記述が、かなりあったようです。


しかし西暦553年に開かれた第2コンスタンティノポリス公会議において


当時の教会指導者たちは教会の権力を維持するため、ときのローマ皇帝


ユスティニアヌス1世の意に沿うように輪廻転生の記述を聖書から削除して


しまいました。


しかし、この時に削除し忘れたのか、あるいはなんらかの意図を持って


あえて残したのかは分かりませんが、聖書には現在も輪廻転生を示唆する


記述があります。




ヨハネによる福音書9:1-3



9:1 イエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。



9:2 弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。

   「先生。彼が盲目に生まれついたのは、誰が罪を犯したからですか。

    この人ですか。その両親ですか。」



9:3 イエスは答えられた。

   「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。

    神のわざがこの人に現われるためです。」




皆さんは、この内容を読んでどう感じるでしょう。


輪廻転生の考え方がなければ、生まれついての盲人に対して、


「この人が罪を犯したからですか?」


とは、普通は聞かないのではないでしょうか。


その質問に対してイエスも、「この人でも、両親でもありません。」


と、ごく自然に答えています。




ではもう一つ。



マタイによる福音書17:10-13



17:10 弟子たちはイエスにお尋ねして言った、「いったい律法学者達は、

      なぜ、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」。



17:11 答えて言われた、「確かに、エリヤがきて、万事を元どおりに

      改めるであろう。



17:12 しかし、あなたがたに言っておく。エリヤはすでに来たのだ。

      しかし人々は彼を認めず、自分かってに彼をあしらった。人の子も

      また、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。



17:13 そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われた

      のだと悟った。





この部分は少し説明が必要かもしれません。


この場面はイエスがエルサレムに入る前に(その後イエスは磔にされます。)


弟子のペトロ、ヨハネ、ヤコブの3人と共に、ヘルモン山へと登った際の


出来事です。


この時ヘルモン山には、旧約聖書において紅海を2つに割ったモーセと、


死なずに火の風雲に乗って天に上げられた預言者エリヤの二人が現れました。


17:10の「いったい律法学者達は、なぜエリヤが先に来るはずだと


言っているのですか」という部分ですが、これも旧約聖書から来ています。




旧約聖書  マラキ書6章


見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤを


あなたがたにつかわす。彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たち


の心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を


撃つことのないようにするためである」。






つまりイエスが自らを神の子と宣言した時に当時のユダヤ人律法学者達は


マラキ書の内容から「ならばその前に、エリヤが先に来ていなければ


おかしいではないか?」と反論したのですが、弟子たちは旧約聖書の


内容を知らなかったために、イエスにこのような質問をしたのです。


(イエスの支持者達がイエスは神の子であると言った、あるいは


イエス本人は全ての人が神の子であるという意味で言った。などの


説もあります。)


そしてその質問に対して、川でイエスに対して洗礼を授けたバプテスマ


(洗礼者)のヨハネがエリヤなのですよ。とイエスは答えています。


つまりバプテスマのヨハネは、預言者エリヤの生まれ変わりであると、


言っているわけです。


またケイシー・リーディングではイエスの古代エジプト時代の過去生に


ついても語られています。


これは早稲田大学の吉村教授のような、一般的なエジプト考古学者が言う


3000年前、4000年前という時代ではなく、グラハム・ハンコックなどが


提唱している、今から約12000年ほど遡った時代の話しです。


長くなってしまいましたが、つまりは輪廻転生の考え方はキリスト教に


おいても全く異端な考え方ではないですよ、というお話でした。







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エドガー・ケイシーセンターの講座の案内をしているので、今回は


ケイシー療法の第一人者で、「ホリスティック」という言葉を世の中に


広めた、グラディス・マクギャレイ医学博士(現在93歳)の昨年6月の


インタビュー記事を紹介します。


彼女のことは以前から知っていて本も持っていますが、彼女の両親が


医師でオステオパシーの施術もしていたということを、このインタビュー


を読んで初めて知りました。


そしてここでもまた、スティルが自分の学生達に教えていたことと同じ、


人間はBody(身体)、Mind(精神・心)、Spirit(魂)を持った存在である


という言葉が出てきます。



プロフィール

グラディス・マクギャレイ医学博士

Gladys Taylor McGarey, MD, MD(H)

1920年インド生まれ。

エドガー・ケイシー療法のパイオニア的存在で、『全米ホリスティック

医学協会(American Holistic Medical Association)』及び『超心理学と

医学のアカデミー(The Academy of Parapsychology and Medicine)』の

創立メンバーの一人。

ホリスティック医学の母としても世界的に知られている。

また、アメリカで医師として初めて鍼灸を学び、他の医師に鍼灸を教えるなど

東洋医学に対しても深い知識と経験を持っている。

グラディス博士は『ホリスティック医学』『自然分娩』『患者と医師との

パートナーシップ』など様々な場面において常に開拓者であり、医学界に

新しい価値観を持ち込み、その普及に力を注いできた。

長年、前夫のウイリアム・マクギャレイ医学博士と共に、アリゾナのクリニック

において、西洋医学とホリスティック医学を統合させた医療を実践。

現在も家庭医として、またホリスティック医学のスピーカーとして世界各地で

活躍している。


 

     グラディス・マクギャレイ医学博士インタビュー








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当院には、アトピー性皮膚炎の方も施術を受けに来ています。


お子さんの場合は、オステの施術だけでも比較的早く肌の状態が変化


しますが、20代、30代となると、浅筋膜、深筋膜の部分にそれまでの


蓄積がかなりあるために、骨格など体の内部の状態は変わっても、なかなか


皮膚の状態は、すぐには改善してくれません。


また体液循環は、動脈→静脈→リンパ管という順番で徐々に改善して


いくために、動脈血の供給が回復しても、リンパの流れが回復するまでは


オステだけに頼ると、一時的に肌の状態は悪化します。


私はオステの施術を受けながらであれば、ステロイドの使用は否定して


いませんが大人の方は、それまで長年にわたって皮膚科などに通い、


いろいろと辛い経験をしてきているために、ステロイドに対する心理的な


拒絶反応が強く、私が使っても大丈夫ですと言っても、まず使っては


くれません。


そこで私がかねてから提唱している「結合組織内へのタンパク質沈着理論」


のもと、自分で軟膏を開発中です。


植物の精油の成分を調べて、タンパク質除去に効果の見込めるものの


中から、化学的な分子結合の異なるタイプの精油を、数種類ブレンドして


います。


また基剤には、一般的な軟膏によく用いられる石油由来のワセリンでは


なく、アフリカ原産のシアバターを使っています。


現在、私自身のほか当院に通っている方にも試してもらっているので、


効果が確認されしだいブログに、成分、作り方などを載せたいと思います。


今回もまた、自ら「実験台になってあげる。」という方がいて、本当にいつも


助かります。感謝、感謝。


この軟膏はアトピーだけでなく、美肌、体の痛み、体内浄化など多くの


効果があるはずです。




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「オステオパシーの源流は日本?」のシリーズも3回目となりますが、いよいよ


オステオパシーのルーツに迫ってみたいと思います。


今回はスティルが参考にしたのは恐らく、この人ではないかと私が考えている


「二宮彦可」とその著書「正骨範」を紹介します。


まずは以下の3枚の画像を、ご覧ください。


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上から順に、


1、1916年、A・T・スティルMD(当時86歳)が学生達に

  デモンストレーションしている8ミリ映像の静止画。


2、2004年に日本語版が出版された、ザッカリー・コモーDOが

  ロバート・フルフォードDOについて書いた「サトル・オステオパシー」

  に載っている、フルフォード先生の治療の様子。


3、1807年(文化4年)に二宮彦可が著した、整骨接骨術の本

  「正骨範」に載っている、「車転母法」という技法。



古い順に1807年、1916年、そして2004年と、それぞれの画像の


あいだには約100年ほどの間隔がありますが、治療の様子は、非常によく


似ています。


ではこの動作の説明文ですが、最初の画像に関してはスティルの著書である


「Reserch & Practice」にアシスタントを使い二人で行う方法が書かれて


いますが、長くなりますので以前に書いた「スティルのテクニック(3)」を


参照してください。


2番目の画像の方法ですが、フルフォードDOはいつもスティルの著書を


参考にしていた訳ですから、基本的にはスティルの方法と変わらないと


思いますが、「サトルオステオパシー」に載っているコモー先生の記述を


紹介します。



「肋骨上部と胸郭の制限は、局部的ユニットとして治療された。


 肩甲骨と鎖骨は片手で安定させ、一方もう片方の手は患者の曲げた肘を


 つかんで腕をレバーとして使い、まるで患者に無抵抗に投球のポーズを


 させるように、最初に肩を後方に回転させ、それから上方に向け、円を


 完成させるようにした。」





次に二宮彦可による「正骨範」での、この技法の説明です。


「車転母法」


患者を正座させ、術者は患者の右側の少し後ろに座って、斜めに右膝を


ほぼ直角に立て、左足は折り曲げてつま先を立てて、左の臀(しり)を


左足のかかとの上に安置する姿勢をとる。


左手をかぶせるようにして患者の肩の上に掛け、掌を肩井(肩の線の


中間部に位置する経穴)に当て、指頭を缺盆(鎖骨上縁の陥凹部の経穴)


に当たるようにし、親指は肩髃(肩甲骨肩峰突起の外方に位置する経穴)


の後ろのへこんだところに当てる。


右手の掌で患者の肘の後ろをかかえ持ち、弓を引き絞るときのように、


力を用いて引き上げる。


患者の耳の後ろに沿って滑車を回転させるかのように回す。


右手を引くときは、左手の親指に力を入れて、肩髃の後ろを押し、


耳の後ろに沿って、患者の腕を回す。


四指の先に力を入れて、缺盆を押す。


これを数回行う。





方法としては、ほぼ同じと言って良いと思います。


二宮彦可の技法には「震震」と呼ばれる揺らしの技法、関節を回転させる


技法、組織をゆっくりと引き延ばす技法、同じ動作の繰り返しなど、


スティルやフルフォードが行っていたことと同じような技法が、いくつも


出てきます。


私は以前から、現在よく用いられる瞬間的に一定の方向に力を加える


スラスト系の方法は、初期のオステオパス達が行っていた方法と比べて


組織全体を考えると効果が劣ると言ってきましたが、私から見ると二宮彦可の


技法は、相当な治療効果を上げていたのではないかと思います。


ちなみにスティルの著書「Reserch & Practice」にはアシスタントと


二人で治療する方法が、いくつも出てきますが、彦可の「正骨範」にも


助手を使って治療する図が、何枚も載っています。




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次回は「二宮彦可」の来歴についてです。




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フルフォード先生が、「いのちの輝き」の翻訳者である上野圭一氏に


示した、マンリー・P・ホールの「人間」という本ですが、その内容が


気になり、結局アマゾンさんで購入することに。


しかし、この類の本にはありがちなことですが、この「人間」も


やはり、絶版本でした。


中古の相場を見ると案の定、どれも定価よりも高い価格設定。


これまでも必要に迫られて、あるいは中味が気になって、定価より


かなり高額な絶版本を何冊も購入してきましたが、今回もどうしても


内容を知りたくて、思い切って買ってしまいました。


で、その本ですが、やはりフルフォード先生らしいというべきか、かなり


きてます。


では、その帯に書かれている文章を紹介しましょう。



「人間 - 密儀の神殿」


人体は人間の「聖なる住処」である。


脳・心臓・神経・視覚他、大宇宙に照応する小宇宙としての


人体が持つ象徴的意味に着目し、カバラ的、ヘルメス学的伝統に


のっとって徹底解剖した神秘主義的身体論の最大傑作





もうこれを読んだだけで、かなりヤバいですが中身も案の定という感じ


でした。


これではとても「白山オステオパシー文庫」の待合側の本棚には、並べる


ことは出来ません。


「裏文庫」に並べておきますので、もし読みたい方がいましたら、直接


私に言ってください。


ところで、肝心の「オステオパシーの源流は日本」という部分ですが、


序文のところに載っていました。


では、関連する部分のみ抜粋します。



さらにわれわれは日本の整骨療法に関する文献を蔵書の中にもっている。


文化五年(1808年)、江戸で出版された本で、日本名は「医範提綱」


(整骨療法に関する教科書)である。


この本は、背骨の修正、脱臼、傷害の直し方などを表す木版画で、


ことこまかに説明されているが、その技法は現在西洋で利用されている


ものとよく似ている。


この本が書かれたのは、通例、整骨療法の発見者とされるスティル博士の


生誕に先だつこと二十年である。




上記のような記述が「人間」の序文に、たしかにありますがここに書かれて


いる「医範提綱」は解剖学書で、整骨療法に関する教科書ではありません。


せっかくですので、この「医範提綱」についても調べたことを書きます。


「医範提綱」


著者 宇田川玄真(1770~1835)


宇田川玄真は江戸時代の蘭学者、翻訳家で数多くのオランダ語の本を日本語に


翻訳し、出版しました。


本名は安岡玄真で、あの「解体新書」を著したことで有名な杉田玄白の養子と


なりましたが、放蕩癖があり離縁されています。


その後、蘭学者を多く輩出している宇田川家に子供がいなかったために、


宇田川家の養子となっています。


マンリー・ホールの「人間」には「医範提綱」の出版年が1808年と


なっていますが、正確には「医範提綱」の出版年は文化2年(1805年)で


その後出版された「医範提綱内象銅版図」が文化5年(1808年)の


出版となっています。


この「医範提綱」の特筆すべきところは、この本において宇田川玄真が


オランダ語から考え出した用語が、現在の日本における解剖学用語の基礎


となっていることです。


例えば「医範提綱」での訳語である小腸、大腸、結腸、尿道、膣、腱、靭帯


などは現在でも使用されていますが、これらは杉田玄白の「解体新書」では


薄腸、厚腸、縮腸、小水管、莢、筋根、蛮度などと訳されています。


また乳糜、腺、膵なども玄真による訳です。


では国会図書館に行って、デジタルデータからコピーしてきた「医範提綱


内象銅版図」の一部です。


もとがオランダ語の解剖学書なので顔が西洋人風ですが、用語の部分には


鎖骨下動血脈、腸骨静血脈などの文字を見ることが出来ます。


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参考までに、日本の解剖学に関する年表です。


 1754年(宝暦4年) 山脇東洋が日本で初めての人屍解剖を行う

 1774年(安永3年) 杉田玄白がオランダの解剖学書「ターヘル

              アナトミア」の翻訳本「解体新書」を著す

 1792年(寛政4年) 広島の医師、星野良悦が世界最初の木製の

              人体骨格模型「身幹儀(星野木骨)」を制作する

 1805年(文化2年) 宇田川玄真が現在の解剖学用語の基礎となる

              「医範提綱」を著す




では実際のところ、マンリー・P・ホールの蔵書の日本の「整骨療法に


関する教科書」とは何だったのかということですが、私の推察するところ


では、二宮彦可の著した「正骨範」、あるいは各務文献の著した「整骨新書」


このどちらかではないかと思います。


本の内容的には「正骨範」が、よりオステオパシーに近いと思うので、


次回は「二宮彦可」と「正骨範」について書きます。





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このあいだ「オステオパシーの源流は日本?」という題でブログを書き、


そこにフルフォード先生の著書「いのちの輝き」から、訳者あとがきの


抜粋を載せましたが、友人の「恵比寿Climb On」君から、興味深い


事実を、教えてもらいました。


私が参考にしたのは「いのちの輝き」の1997年3月30日の初版


第2刷ですが、最近の「いのちの輝き」には、この「オステオパシーの


源流はどうも日本らしい」という記述が無いというのです。


そこで当院にある2011年2月10日初版第22刷を見てみると、


確かに、その部分だけが抜けていました。(他にも2冊ありますが


現在、貸出中なので返ってきたら調べてみます。)


これはいったいどういうことなのでしょう、なんらかの圧力が加えられたか?


AOA?、それともAAO?





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ついさっき、某チェーン店の御飯屋さんで見た出来事。


私が御飯を食べていると、食べ終えた大学生風のお兄さんがレジに


行きました。




お兄さん「すいません、お金足りないんで、おろして来ていいですか?」


店員「(一瞬、えっ?という顔になりましたが)いいですよ。」


お兄さん、そのままスタスタと店を出ていく。


数分後、普通に店に戻ってきて、普通にお金を払って帰る。




一連の流れが、あまりにも自然すぎです。


さすが「お・も・て・な・し」の国。




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