山郷のメリー・クリスマス | 中嶋柏樹のブログ

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     山郷のメリー・クリスマス

 

 

 

 

 田舎の更に田舎にある中高一貫校の寮で過ごした青春の最大の楽しみは、郷土の偉人を記念して建てられた教会でのクリスマスでした。しかし教会のクリスマスそのものは礼拝がメインですから、退屈であまり楽しいものではありませんでした。それに耐えた後の晩餐会のテーブルには信者さんたちが持ち寄った家庭料理が山のように並ぶので、それをこの時とばかりに食べるのが楽しみなのです。しかも列席する信者さんの家族である同世代の女子高生と親しくお喋りができるのです。

 

 教会のクリスマスに参加する学園生の顔ぶれは”欠食児”のような寮生ばかりですが、教会行事に参加する生徒たちは真面目な良い子に違いないからと大変親切にしてくれます。女子とは無縁な修行僧のような日々の私たちですから、女子と話せる機会は夢のような時間でした。

 

 しかし、どの女子も建前なのか本音なのか分かりませんが聖書や信仰の話ばかりで面白くなく、隣町へ映画を観に行こうと誘っても殆ど応じないのです。ごく稀にデートにまで漕ぎ着けた幸運者の報告によれば、会話の内容は教会で話した時とほとんど同じで面白くも何んとも無かったようです。

 

 

 

 

 我が学園でもクリスマス礼拝はありましたがクリスマスだからと云う浮いた特別感は無く、年中行事の礼拝並みの礼拝と「聖誕劇」だけでした。しかし、男子校ですから聖誕劇の聖母マリアを演じる女子はいないので、例年は中学部1年生の中から女の子のように可愛い生徒を指名していました。
 

 唯一の女性教師である英語のP先生の入念な化粧によって可愛いくて美しいマリアが誕生するのも楽しみでしたが、生徒会長選挙の公約でもあった「女性が演じるマリア」を実現するために地元の女子高演劇部に白羽の矢を立てました。私たち”遠謀6人組”は目論みを達成させるために「生徒会執行部」に変身しようと、仲間内でも信望が厚いM君を生徒会長にして副会長以下を指名して貰ったのです。
 これで”遠謀6人組”は生徒代表の”公人”として女子高校に手紙を出すことも女子高校の生徒会を訪問することも可能になったのです。

 

 

 

 

 成績優秀で学年一番のM君は寮が同室だったのと、M君のお母さんは”バツ2”のせいかお菓子類やインスタントラーメンを大きな段ボール箱で送って来るのでいつもお相伴に与っていました。中学時代のM君は自転車通学で、峠越えを幾つもして片道2時間以上かけて通学していました。
 

 高校生が先導しての「集団登下校」ですから、下校は高校生の授業が終わるのを待たねばなりません。その時刻を待つ中学生たちは授業が終わった空き教室で宿題や自習をしていました。冬期は放課後の空き教室は寒いので、寮の食堂兼自習室で高校生の授業が終わるまで勉強しながら待っていました。
 M君は勉強しないのに成績はいつもダントツのトップだと皆が噂していましたが、ある朝のこと教室の黒板いっぱいに英語の文章をスラスラと書いて皆を驚かせたのです。

 

 

 

 

 寮の1年先輩で成績が全校トップのNさんに、「テストで満点取っていても安心するな」と言われましたが、期末テストで満点取っていれば良いと思っていた自分に悔しいとM君は言います。NさんはM君が学年トップだから言ったのですが、そこそこの成績の私にも目からウロコものでした。全く視界に入っていなかった地元の国立大学にでも合格したら、ちょっぴり良い気分になれるかなと思ったからです。寮の消灯は夜9時でしたが食堂兼自習室は深夜1時まで可能で、延灯許可を取れば更に可能でした。
 受験体制に入った高3生に混じって「教わった事は全て身に付けよう」と云う意気込みで頑張りました。
 しかし、私の父は私立医大出身の開業医であり「子弟の入学を希望する同窓会費」を払っているのを知っていたので、”滑り止め”の安心感があった為かM君のようには頑張れませんでした。

 

 

 

 

 私もM君の「勉強しないのに成績優秀」と云うスタイルを身に付けて、生徒会執行部の改革的な活動に専念しました。執行部の I君は天才的な交渉術に長けているので、他高の文化祭行事に招待されるようお願いしました。誰もが望むのは同じキリスト教系女学園の文化祭に招待されることでしたが、男子生徒との交流を認めない女学園々長の方針でガードが堅く、生徒会の公的交流であれば認められるだろうとの思惑と I君の交渉力に期待しました。W君の妹がその女学園の生徒で、日曜日に教会の行事に参加した帰りに2人で歩いていたら風紀係の先生に補導されてしまいました。電話で母親に確認が取れて放免されましたが、それほど厳しい学校と云う評判はさらに定着しました。そこに挑めるのは I君しかいません。

 もう一つの公約である「クリスマスの一般公開」は教会のクリスマスと重ならないようして、「聖誕劇」は午後にしてお昼前後に模擬店とバザーで盛り上げようと計画を立てました。そしてシンボルツリーである巨大なヒマラヤ杉に電飾をつけて「クリスマスツリー」にすることにしました。卒業生で”街の電気屋さん”に電飾の取り付け工事をお願いすることにしました。商店街のクリスマスセールの始まりに合わせてクリスマスツリーの電飾を点灯させ、一般参加者が増えるよう企画しました。
 何処からでも目につく巨大なクリスマスツリーは商店街でも話題になり、バザーと模擬店が特に盛況で”縁日”のような人出となりました。

 

 

 

 

 今までとは異なる「聖誕劇」は妥協案で二部構成となり、第一部は可愛い中学1年生のマリアが好評なキリストの誕生劇のままにして、第2部は、ゴルゴタの丘で磔の刑に処せられる筈だった「盗賊バラバ」がキリストの代わりに釈放された後を創作しました。「バラバ」は2次大戦後間もなくスエーデンのノーベル賞作家によって著された小説ですが、最終的にはバラバがどうしたかったかが不明であるのが読者にとって最大の話題だったようです。将来演出家を目指す演劇部のY君とミュージカル俳優が夢のH君の強い希望で、バラバが夢の中でアメリカの西部へ行ってガンマンになり大活躍をするストーリーが大好評でしたが、それを提案したH君は不満でした。ワープするのは奇抜すぎるとの強い意見があったので却下されていた為でした。

 H君は背が高くてスタイルがよく足も長いので、いつもGパンを穿き短めの上着を着て闊歩していましたが、親は心配してテレビで歌手の後ろで踊る仕ダンサーにはなって欲しくないと言ってるようでした。
 

 そのH君は「西部劇映画」が大好きで、テンガロンハットを被って本格的なモデルガンをガンベルトに吊るして、鍛え上げた”ガンプレイ”を自慢したくてバラバを夢の中でアメリカの西部へ行かせたがったのでしょう。そのアイデアに演出家になり切ってっているY君は何故か大満足のようでした。
 

 第2部「バラバ編」にも、障がい者である苦痛から救ってくれたキリストに感謝するマリアのような女性には演技力も歌唱力も必要であるからと説得し、女子高演劇部に協力して貰いました。
 交渉術に長けている I君の努力と、女子高演劇部員が出演すると云うことでその女子高の生徒の観劇者が増え、「聖誕劇」なんかと観劇するつもりの無かったような学園生まで詰めかけたので大盛況でした。

 

 

 

 

 K君のお父さんは知られた靴職人で靴の販売店も経営していましたが、K君は手先が器用で大道具や小道具ばかりでなく自宅工房の工業用ミシンを使って「聖誕劇」に必要な衣装などを作りました。
 今までの「聖誕劇」ではシーツで誤魔化していた衣装もK君が、型紙も無くフリーハンドでさらりと作ってしまいました。コーヒー豆の麻袋で作ったキリストの衣装は大好評でした。
 
 我が”遠謀6人組”生徒会執行部の各自才能を発揮して念願の女子高との交流を可能とし、学園の理事長でもある教会の牧師代行のUさんが町長から市長になったのを機に、「学園クリスマス」をそのまま「市民クリスマス」に位置付けました。模擬店とバザーが盛況で一般市民でも誰でもお店を開けるので、縁日の露店やフリーマーケットの様にもなりました。
 

 そして学園のシンボルツリーである巨大なヒマラヤ杉に電飾をつけた「クリスマスツリー」はいまも変わらず、イタリアの華美な七夕飾りのような「クリスマスツリー」にはならくて、スイスの山村にあるような星の煌めきに似た単色クリア球のみの「クリスマスツリー」が毎年変わらず夜空に輝き、メリー・クリスマス!Mr.ロレンスと呟きたくなります。懐かしい冷や汗ものの1ページでした。