忘れちゃうひととき -4ページ目

忘れちゃうひととき

青臭い駄目人間の、イカ臭い日常を、小便臭い文章で、つらつらつらと書き綴っていく予定です。それ以上でもそれ以下でもそれだけでもありません。

photo:01


3月になったんだった、そういえば。
「そういえば」なんて、取って付けたかのような言葉を添えてみたくなるほどに、2月の終わりは実感出来ず、3月の始まりは唐突だった。

これは僕の個人的な感覚なのだけれど、2月の終わりというのは、イコール冬の終わりである。
それはつまり、3月の始まりは春の訪れであり、今はもう春だということ。
もちろん、東京で生まれ育った僕の勝手な感覚なのだから、北国に暮らす人からすれば未だ冬はしぶとく居座っているだろうし、南国の人はとっくに春の陽気を謳歌しているんだろう。
実際のところは分かんないが。

さて、春が来たというのに、少なくとも僕の体内暦的には春であるというのに、今日のこの寒さはどういうことなのだ。
ベッドから出れやしないし、部屋から出れやしないし、家から出れやしない。
こうして例の如くスタバに来てソイラテを飲んでいる座席も、煙草が吸えるオープンテラス席ではなくて、店内のカウンター席だ。
煙草が吸いたい。
煙草が吸いたい。
コーヒーを飲んでいるのに、煙草が吸えないとは、これ如何に。
あと、隣の席に女子高生がいるのも、これ如何に。
早くお家に帰りなさい。
ママが心配しているよ。
ちなみに、僕は女子高生には興味がない。
基本的には、大人っぽい女性が好きである。
母親からも「アンタは、年上でしっかりした人に引っ張ってもらうくらいが丁度いい」などと言われるし、自分でもそうだと思う。
でも、最近は年下のふわっとした可愛げがあって楽しくて愉快な女の子もいいなぁとも思う。
うん。強く思う。

おっと、話がズレた。
何故、僕は己の女性観を語っているのだろうか。
甚だ遺憾である。

もういいや。
ちなみに、写真のカレンダーは僕の部屋に掛かっているもの。
『よつばと!』である。
風景写真の中に、よつばがいる。
癒されるんである。

早く暖かくなってほしい。
でも、僕という人間はきっと、いざ暖かくなると「冬の寒さがちょっと恋しいよね」などということを平気で言い出す。
どうにかしないといけないが、どうにかしようと思っても、どうにもならないから困ったものなのだ。


♪今の気分的一曲
happiness!!! / 木村カエラ
photo:01


渋谷のお気に入りのカフェの卓上に鎮座していた蝋燭の明かり。
単に店内のムードを演出する為のインテリアに過ぎないシロモノではあるが、蝋燭に灯された火を見ると、心なしか落ち着くのは何故だろうか。

火を恐れない動物は人間だけであり、腰布一枚を纏ってマンモスやらナウマンゾウやらを追っかけ回していた時代から、人間は火と上手に付き合って暮らしてきた。
調理に使ったり、暖をとったり、時には外敵から身を守る為に火を焚いていたのである。
これは僕の勝手な憶測に過ぎないが、僕らがまだ「ナントカ原人」だった、そんな時代の記憶が僕らの遺伝子には確かに刻まれていて、こうしてふと火が揺れている様を眺めると、眠っていたナントカ原人時代の記憶が呼び起こされて、何ともいえない落ち着きをもたらすのではないか。
闇から襲い掛かってくる、得体の知れぬ敵から守ってくれた明かり。
安心して眠りに就ける合図のような、証明のような存在だったのだ。
もしかすると。

よくよく考えてみると、僕らが日常において「火」を直接見る機会というのは、非常に少ない。
最近はIHなどという、料理の醍醐味も文化もへったくれもない、何の情緒も感じ得ない物まで登場している有様だ。
火を間近に感じることなど、実は殆どないのである。
人間が、まだナントカ原人だった遥か昔からお世話になっていた揺れる明かりは、もはや「珍しいもの」になってしまったのかもしれない。


♪今の気分的一曲
はるまついぶき / Bank Band
photo:01


この写真は、スタバのソイラテのトールサイズの飲み口を撮ったものである。
僕はどうもこれが苦手だ。
特に一口目ともなると、おっかなびっくり、抜き足差し足忍び足、唇をひょっとこの如く尖らせて、初めてのチュウよろしく、恐る恐るソイラテと唇を交わすのである。

何がそんなに恐いのか。
言うまでもなく、火傷である。
この狭い隙間から放たれる、熱く、ややドロリとした液体は、時として僕の粘膜を痛めつけ、焼きつけ、その温度を示すかのような痕を残し、高笑いをしながら体の中へと消えていく。
ここまでの描写が、不埒なものでも卑猥なものでもないのは勿論である。
そんなわけないじゃないか。

そういえば、セックスにも似たような恐怖を感じる。
経験の薄い僕などは挿入に対して「うまく挿れられない!」的プレッシャーがかなりあるのだが、そんなことを書き始めるとそれこそ不埒で卑猥な方面へと話が進んでいってしまう。
苦渋の決断ではあるが、これ以上は自粛しようと思う。
悔しい限りである。

話は変わるけれど、またソイラテを飲むようになった。
去年の秋頃だったか春先だったか、異常なまでのソイラテにハマってしまって、挙句の果てには自転車の荷台に一斗缶を括り付けて来店し、「この店にあるありったけのソイラテを寄越しな、ベイビー」などというハードボイルドな買い付け方法に至ったわけだが(嘘だけど)、結構すぐに飽きてしまって長らく飲んではいなかった。
ここにきて、ソイラテブーム再燃である。
信頼と安心のソイラテブランドの復興。
新たなる旅立ち。
そして伝説へ。

そんなことはどうでもいいのだ。
今は、スタバのオープンテラス席に陣取って、紫煙を燻らせつつiPhoneでこのブログを書いている。
書いているのだが、そういえばすっかり更新を忘れていたのだ。
そのことにまずは触れるべきだった。
いやはや。
横着したり、手を抜いたり、サボったり。
僕の自堕落で怠惰な性格が滲み出てしまっているこのブログであるが、まぁ今後もテキトーに更新をしていこう。
コメントがついたら喜ぼう。うん。

オープンテラス席には、僕の他にもう一人お客さんがいる。
資格試験なのか何なのか、勉強に励む麗しきマドモワゼルだ。
ギンガムチェックのコートに身を包んだ彼女の背中をジトリと見つめながら、僕はまた次の煙草に火をつけるのである。

今日は暖かいです。
春はまだか。
クソ野郎どもが。


♪今の気分的一曲
The Story / Norah Jones