渋谷のお気に入りのカフェの卓上に鎮座していた蝋燭の明かり。
単に店内のムードを演出する為のインテリアに過ぎないシロモノではあるが、蝋燭に灯された火を見ると、心なしか落ち着くのは何故だろうか。
火を恐れない動物は人間だけであり、腰布一枚を纏ってマンモスやらナウマンゾウやらを追っかけ回していた時代から、人間は火と上手に付き合って暮らしてきた。
調理に使ったり、暖をとったり、時には外敵から身を守る為に火を焚いていたのである。
これは僕の勝手な憶測に過ぎないが、僕らがまだ「ナントカ原人」だった、そんな時代の記憶が僕らの遺伝子には確かに刻まれていて、こうしてふと火が揺れている様を眺めると、眠っていたナントカ原人時代の記憶が呼び起こされて、何ともいえない落ち着きをもたらすのではないか。
闇から襲い掛かってくる、得体の知れぬ敵から守ってくれた明かり。
安心して眠りに就ける合図のような、証明のような存在だったのだ。
もしかすると。
よくよく考えてみると、僕らが日常において「火」を直接見る機会というのは、非常に少ない。
最近はIHなどという、料理の醍醐味も文化もへったくれもない、何の情緒も感じ得ない物まで登場している有様だ。
火を間近に感じることなど、実は殆どないのである。
人間が、まだナントカ原人だった遥か昔からお世話になっていた揺れる明かりは、もはや「珍しいもの」になってしまったのかもしれない。
♪今の気分的一曲
はるまついぶき / Bank Band
