それから半年後の2月 彼女は一時帰国した。
帰国して早々彼女は治療を受けに来た。
「向こうの生活には慣れたか?」と聞くと彼女は「一時はホームシックになって先生が懐かしかったですよ」と子供っぽく笑った。
「フンッ 上手い事言いやがる」とおれは苦笑いを返した。
「相変わらずひねくれてますね ホイこれお土産」と彼女はバッグから黒っぽいラッピングをされた小箱を出して治療台の上に置いた。
箱の中身は、バレンタインチョコレートだった。
「そうか明後日はバレンタインだったな」とおれは包み紙を剥がしながら言った。
その時点で既にラム酒が香っていた。
「フランスの一流パティシエが手ずから作ったチョコレートです」と彼女が自慢げにチョコレートの説明をした。
おれは「そりゃ恐れ多くて食べるのをためらうなぁ」と遠慮がちに言った。
「て もう口に入ってるじゃないですか」と彼女が呆れたように言ったのでおれが「おっ いつの間に!」と言って二人同時に笑った。
それにしても絶妙な苦味の利いたコイン形のビターチョコレートにラム酒漬けのドライフルーツが入った感動的に美味いチョコレートだった。
治療を終え彼女が帰る時「先生チョコレートゆっくり味わって食べてね」と何処か寂しげな微笑みを浮かべて彼女は帰って行った。
彼女と会ったのは、それが最後だった。
彼女は、その1週間後フランスに戻った。
それから2、3年経った頃フランスから手紙が来た。
差出人は彼女だった。
手紙によるとあれから彼女はフランスに戻り料理学校を卒業後同じ学校の同級生でベトナム人と結婚し現在は、自分達の店をフランスで持つ為に二人でフランスのレストランで働いていると言う事だ。
手紙の最後に日本でおれの治療を受けていた日々が懐かしいです。
私には、とても楽しい思い出。
そんな事が書かれていた。
おれも手紙を読んでいる内に彼女の思い出が甦った。
そしてあのバレンタインチョコレートの味とあの時交わした彼女との語らいがとても懐かしく思えた。
「頑張れよ」おれは、脳裏に浮かんだ彼女の屈託の無い笑顔に心の中でそう語り掛けた。