八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

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数年後 親父は、人間ドックで胃癌が見付かり胃を3分の2切除した。


幸い早期発見だったので命に別状は無かった。


ところが、職場復帰した親父は調子に乗って職場の飲み会に参加して暴飲暴食した挙句 それが祟って凄い下痢が1週間止まらず下痢が治った時には、拒食症になってしまった。


親父は「どうしよう 何にも食べられない」と嘆いた。


殆ど食事を摂れない親父は、10日近く病院に通院して栄養の点滴を受けていた。


おれは「自業自得を絵に描いたような男だ」と冷たく言ったものの内心は何か食べられる物は無いか必死に考えていた。


そんな時 出張治療に行った先で自家製の沢庵をもらった。


その沢庵 塩加減、酸味、甘味、歯応え 全て申し分無く旨かった。


おれは、これならと思い その日の夕食に添えて出すように母に言った。


親父は、その日も「食べたくない」と箸を持とうとしなかったが沢庵に目が行くと「なんや沢庵か」と何気に沢庵を一切れ指で摘んで口に入れた。


「おっ これ旨い!」と驚いたように言って沢庵だけでご飯を一膳旨そうに食べた。そして「これが食べたかった」と言い嬉しそうに笑った。

「沢庵が救世主とはなぁ」とおれも笑った。


沢庵が切っ掛けになって親父の食欲は戻って行き数日で完全に拒食症は治った。


親父は、その後25年生きて85歳で亡くなったが、あの時沢庵が無かったら あのままミイラになっていただろう。


おれは、今でも沢庵を食べていると「これが食べたかった」と笑った親父の顔を思い出す時がある。


最後の晩餐に何が食べたいか問われたら おれは案外 豪華な食べ物や凝った食べ物より炊きたてのご飯と拍子木切りの沢庵と答えるかも知れない。


だが、そんな話 親父が生きていたら「そんなもんかねぇ」と笑うに違い無い。