黒犬伝 その17 (後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

どの位心臓マッサージを続けたかはよく分からないがアクは「グフッ」と変な呼吸と共に蘇生した。

目にも生気が戻った。


「お前 大丈夫か?」と言うとおれは、その場に座り込んだ。


アクは、そんなおれの顔を心配そうに覗き込んで来た。


アクがそのまま歩き出そうとしたのでおれは、奴の首輪を掴んで止めた。


その日は、歩かせない方がいいと判断してアクを背中に背負って1km歩いて帰宅した。


帰宅後 一応獣医にも診てもらったが異常はなさそうだった。



アクが倒れてから1週間位経っておれとアクは、いつも通り散歩に出た。


神社の境内に続く石段に差し掛かった時おれ達の背後から「ウゥ~ッ」と唸りながら柴犬が襲って来た。


アクは、余裕をもって応戦した。

瞬時に柴犬の耳の後ろに咬みついて地面に押さえ付けた。


柴犬が「ギャーン!」と叫んだ所でアクは柴犬を放してやった。


いつもは、それで相手が逃げて終わりだった。


しかしその柴犬をは、再び立ち上がって襲って来た。


その時アクは「あれ?」と言う不思議そうな顔をしていた。


柴犬は3度遣られても同じように立ち上がっては襲って来る。


最後は、おれがリードで応戦して柴犬を追い払ったが、おれとアクは、柴犬にアクの攻撃が効かなかったのがショックだった。



おれは、結局これが老いると言う事だと思った。


アクの攻撃は、気の強い柴犬を撃退するだけの気迫が欠けていたんだろう。


そして武道家としてのおれにもいつかは、あの日のアクのように突然自分の技の減退を思い知らされる時が来るのかも知れない。


おれは、自分の攻撃が効かなかった時の不思議そうなアクの顔を忘れられない。



昔 悪い神が熊に化けて人々を襲った。

それを見兼ねた良い神が犬に化けて熊を倒した。

北海道の先住民アイヌの神話にそんな話がある。