亀の甲戦術 (後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

白いワンボックスの男は「横着な運転と違うんかコラッ!」と怒鳴った。


「そうか?かなり距離はあったと思うけどなぁ」とおれが言うと「そんな事あるか危なかったやろ!」とそいつは一所懸命に凄んで見せた。


「フーン 厳つそうに見えて結構怖がりって事か?」とおれが薄笑いを浮かべるとそいつはかなり頭に来たようで「舐めてんのか コラッ!」と更に虚勢を張った。


しかしおれが、窓全開で右肘を窓枠から出しているのにおれに触れようとはしない。


「で?おれにどうして欲しいのかな?」と聞くとその男は「謝らんかい!」と言ったが最初の勢いが徐々に無くなって来ていた。


「それで気が済むなら謝るけど それだけの為に道の真ん中に車を停めたのか?」とその男の顔を下から覗き込むと男は苛立ち始め「さっさと謝れや」と言うのでおれはリクエストにお応えして「ああ ごめんごめん」と適当に謝った。


すると男は、あっさり自分の車に帰って行くので おれは何だか物足りなくなって「フンッ アホが」と聞こえよがしに言ってみた。


思った通り男はバタバタ戻って来て「お前 今何か言うたやろ!」と必死な形相で大声を出した。


「さぁな 何も言ってないぜ」とおれは片方の口角を上げて皮肉に笑った。


男は「クソッ」と言い捨て自分の白いワンボックスに乗り込むと急発進させた。


おれは、面白半分で白いワンボックスの直後を着いて行った。


後部座席で親父が「もう止めたれ」と呆れていた。


親父を病院に連れて行く用事を思い出して そろそろおれに難癖を付けて来た男を解放してやろうとした時おれの車を振り切ろうとして白いワンボックスは、前方の赤信号を無視して猛スピードで走り去った。


おれが「おやおや 横着な運転だこと」と言って笑っていると後ろで親父が「あいつ絡む相手を間違えたな」と呟いた。


その1カ月位後 あの男と思われる奴が隣町で警察に逮捕されたと言う噂を聞いた。


難癖を付けて車を止め脅して金を巻き上げる手口を続けていたらしい。


恐らくあのワンボックスの男は、悪事が目的でおれの車を止めたまでは良かったが、おれとのやり取りの中で我が身に危険を感じて逃げたんだろう。


バカな奴だが、奴のその判断だけは正解だったようだ。



勿論おれのような対処法は、正しい「亀の甲戦術」じゃない。

本当の「亀の甲戦術」は車内に篭って暴漢を相手にせず携帯やスマホで警察に通報する事だ。


そしてあの白いワンボックスの男が警察に逮捕されたのも誰かが正しく「亀の甲戦術」を使った結果だと思う。