雪兎 | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

今年1月の雪は、滅多に雪の積もらない長岡京市でも記録的な降雪量だった。


雪の為に道場が休みになったのは初めてだ。



おれは、雪が積もると思い出す記憶がある。

恐らくこの記憶は、おれの一番古い記憶のような気がする。


あれは、おれがまだ5才の頃だった。


おれは、前夜から熱を出して翌朝になっても熱が下がらず寝込んでいた。


母がカーテンを開けると雪が降っていた。


「わーい雪!」と言って起き上がろうとするおれを母は「寝てなさい!」と叱った。


それでも おれは、立ち上がって適当にパジァマの上に重ね着して止める母を振り切って外に出ようとした。


その時 母が、何か言ったと同時におれの頭をバシッと叩いた。

母は「あっ」と言ってから「ごめん」と謝った。

さすがに病気の子供の頭を叩いたのは気が咎めたようだ。


おれは、叩かれて恐れ入る子供じゃなかったが、母の必死さが伝わったので大人しく布団に入った。


ふて腐れている内に熱も手伝って眠くなり次に目覚めたのは夕方だった。


枕元に母が居ておれの額に手を当てて言った。

「大分熱下がったね いい物見せたげるからちょっと起きてみ」

おれは「何?」と聞いたが母は微笑みを浮かべておれに何重にも服を着せおれの手を引いて玄関まで誘った。


玄関の引戸を開けると門柱が見える。

その門柱の上に真っ白な雪兎がいた。


おれは「うわっ兎!かわいい」と思わず裸足で飛び出した。

「これこれ」と母が靴を持って来た。


雪兎は、赤い実の目を付けた力作で「かわいいやろ」と母が自慢気に言った。


「うん 触ってもいい?」と言いながらおれは既に雪兎の頭を撫でていた。


数分して「よしっもう終わり また熱が上がると嫌だから中に入りなさい」と母に促されおれは再び布団に入った。


翌朝熱が完全に下がったので起きて直ぐ雪兎を見に出たら日光を受けて少し形が崩れていた。



おれは、雪が積もるといつもあの雪兎を思い出す。


それと共に若かりし頃の母を思い出す。


あの頃 おれの無茶を止める為に思わずおれの頭を叩いた母。

そしてその後一所懸命に雪兎を作ってくれた母は、現在脳梗塞を繰り返した影響で意識も殆ど無く言葉も話せず入院している。


だが、今でも雪が積もると おれの思い出の中であの雪兎は、赤い実の目でこちらを見ている。


静かに 優しく。