地獄少年 | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

何年か前 梅雨の雨の中を出張治療に行った。
おれが患者の家の傍に車を停めて歩き出すとおれを追い掛けるように一人の少年が近付いて来た。

高校生位のその少年は、雨の中傘も差さずに駆け寄って来た。

当然おれは、護身モードに入って少年と向き合った。
すると少年は「えらい事になってる血だらけや!一杯血が流れて人が何人も死んでるねん!」とおれに必死に訴えて来る。

おれが驚いて「何!?、 何処で!?」と少年の目を見た時その目の焦点が合っていない事に気が付いた。

(こいつ  妄想を見てるのか?)おれは、落ち着きを取り戻して辺りを見渡したが異常は感じなかった。
血みどろの惨劇があったとは思えない。

「ぼくの手にも血がべっとり着いて取れへんねん」と少年は、おれに両手を見せながら言った。

しかし少年の手には一滴の血も付着していない。

おれは、少年に背を向けて患者の家に入った。

80過ぎの婆さんの治療をしながら少年の事を聞いてみると 1年以上前から時々何処からか現れては、血の惨劇の話をすると婆さんは気味悪そうに言った。

治療を終えて外に出ると雨は上がっていた。
少年は、消えていた。

それにしても何処でどんな経験をしたらあんな妄想が浮かぶようになるのか?

あの血の惨劇が度々少年の心を支配するとしたら 彼は、想像を絶する程過酷な人生を生きている事になる。
まるでこの世と地獄を行き来しているようだ。

1年以上も地獄を見ていると言う事は、精神科の治療もおぼつかないんだろう。

「何とかしてやれないのか?」とおれの中の暗闇のヒーローが囁いているが、少年の背負った地獄には、活殺自在と言われる八光流の奥義も歯が立ちそうにない。