黒犬伝 その5(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

その後 アクの捜索は、かなり広範囲に及んだが アクは1ヶ月たってもみつからなかった。

おれは、半ば諦めかけていた。
何故なら手負いのアクが野放しになっているにしては世間が平和過ぎる。

アクは死んだのか?

だが、おれにはあいつが何処かで待っているような気がしてならなかった。

更に1週間過ぎた夕方おれは、長岡天神に行ってみた。
長岡天神に探しに行くのは、何度目だろう。

薄暗い境内を歩いていたら禅寺の尼さんが「チク」と言う紀州犬の雑種を連れて散歩していた。
この尼さんは、犬の散歩中によく会うので知り合いになっていた。

その尼さんとチクの後をつかず離れず歩く黒い獣がいた。
そしてその獣もおれに気付いてこちらを見て立ち止まった。

「アクか!?」とおれが言うと あいつは、それに答えるように天を仰いで
「ウオォォォ~」と遠吠えしてから走って来た。

「お前 生きてたか」おれがアクを抱き締めるとあいつは、おれの顔を舐め回した。

尼さんの話を聞いてアクの交通事故から後の行動が判明した。

アクは、禅寺に逃げ込み納屋を住まいにしていたチクを追い出して自分が隠れ家にしていた。
車に対する警戒心から車道を渡れないので おれと会う手段に尼さんとチクの散歩に同行する事を思い付いたようだ。

尼さんは、良い人でアクがおれの犬だと知っていたが おれの家を知らないので「とりあえず 食事を世話だけはしときました」と言っていた。

おれは、アクを連れ帰りながらこの犬の頑丈さに呆れていた。

「心配させやがって」とおれが笑うと あいつは、僅かに尻尾を振った。


昔 悪い神が熊に化けて人々を襲った。それを見兼ねた良い神が怒り犬に化けて熊を倒した。
北海道の先住民アイヌの神話にそんな話がある。