黒犬伝 その5(前編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

黒い北海道犬アクは、二才半になり貫禄が出て来た。

アクは、大型犬や狂暴な犬と闘っていない時以外は、大抵ゴロゴロしていた。

アクは、狭い庭で放し飼いにしていた。
フェンスの高さは1.5メートル位だったからアクがその気になれば乗り越えられる高さだが 奴には、その気は無さそうだった。

ところが、ある日突然アクが行方不明になった。
何の気紛れか あいつは、事も無げにヒョイとフェンスを越えて走り去った。

おれは、直ぐに後を追ったが疾風のように走るあいつに追い付くはずがない。

30メートル程離れた車道に近付くと近所の主婦が驚いたような顔で立っていた。
そしておれを見掛けて言った。
「今 アクちゃんが車に跳ねられて10メートル近く飛ばされてその後直ぐ立ち上がって物凄い勢いで道路を渡って天神さんの方へ走って行ったよ!」

おれは、その話を聞いて胸騒ぎを禁じ得無かった。

アクの事だから傷ついた身体を癒やす為に何処かに隠れていると思われる。

それとあいつの恐ろしいのは、例え瀕死の重傷を負ったとしても最後の力を振り絞ってその場から走って行くパワーを持っている事だ。

したがって奴は、事故現場からかなり離れた所で隠れて息絶えている事も考えられる。

おれは、長岡天神の境内とその周辺を夜遅くまで探し回った。

だが、アクは何処にも居なかった。


後編に続く