底無し沼(前編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

成り行きで高校は、農業科に行く事になった。

農業科の授業には、農業実習がある。
実習と言っても機械化され農薬や化学肥料を使った近代農業じゃなく作業の殆どが肉体労働だった頃の旧方式の農作業を実習させられた。

農業経験の無いおれには、実習は辛い事もあったが嫌いじゃなかった。

我が校の西1キロの場所に通称「西の水田」と呼ばれる田んぼがあってそこは、沼を埋め立てて水田にしたらしい。

元沼だけあって普通の水田より所々土壌が柔らか過ぎて足が深く潜り込んで非常に動き難い。

その西の水田での除草作業中「助けてくれ~!」と言う悲壮な声が聞こえて来た。
声の方を見ると50メートル位向こうで1人の生徒が両手をバタバタさせてもがいていた。

その生徒は、脚の付け根辺りまで水田に埋まっていた。
しかも もがくほど更に沈んで行くように思える。

いち早く駆け付けたおれは「底無し沼!?」と驚きつつ助ける為に畦道から水田に入ろうとした。

その時 おれの肩を掴んで止めたのは、作業の指導兼監督をしていた教師だった。
「行くな 一緒に沈むぞ」とその教師が言った。

必死にもがいていた生徒は、既に下半身が見えなかった。


後編に続く