痛む手(後編) | 八光流 道場記

八光流 道場記

京都で約30年、師範をやっております。
つれづれなるままに書き綴ってまいります。

おれの治療でどれだけこの病気に対抗出来るか分からないがおれは、爺さんを月2回施術する事にした。

寡黙な爺さんは、治療中は一言も話さないが一通り治療が終わると「軽くなった」と言っていつも嬉しそうにしていた。

やがて3年過ぎる頃 爺さんの病状は、静かにしかし確実に悪化して行った。
爺さんは、小学生の引率は出来なくなったが散歩と除草作業は続けていた。

おれの治療も続けていたが治療後爺さんは「軽くなった」とは言わなくなっていた。

ある日の治療後 爺さんは「ありがとう」と寂しげに微笑んで帰って行った。

そしてその12日後 緊急入院し帰らぬ人となった。

さすがの皇法指圧もオステオパシーも彼に取り憑いた病魔には抗い切れなかった。
おれは、爺さんにとってこの3年は、長かったのか短かったのかと考えたが それは爺さんにしか分からない。


爺さんの死後数日しておれは、彼がいつも除草作業をしていた場所を車で通り過ぎた。
その時 不意にハンドルを握る右手に鈍い痛みを感じた。
痛みは10秒程で消えたが おれには、この痛みの原因は分かっていた。

おれの治療が及ばなかった悔しさと爺さんの死を悼んで治療師としてのおれの右手が切なく泣いていたのだと言う事を。