鍼灸師チュモンの縁側日記 -5ページ目

責任とは

国会のやり取りを見て思う。
・・・・情けない。
公約、マニフェストとは、国民との約束。
簡単に破った上に、しかもまたもや国民に痛みを頼もうとする政府。
おかしい。
公共に携わるもの全てにおいて言えることだが、近ごろ、責任放棄をしている傾向にあるように思えてならない。
東電を始めとする全国の原発を持つ電力会社のやり方にも憤りを感じずにはいられない。
私達国民は、彼等のような愚民のために生きているわけではない。
政府、官僚、公共事業、電力会社。
責任を持って当たらなくてはならない仕事。
それが、当たり前のこと。
悲鳴を上げる国民に対して責任を持たせることは愚の骨頂。
責務はキッチリとやり通すことがこれらの職に就く人の責任ではなかろうか。
また我々国民にも責任はある。
このような怠けた政府を産み出したのは、他ならぬ我々国民なのだから。
選挙を放棄する人、目先のことだけを考えて投票する人、などなど様々いる。
無関心、無責任が今の日本にしてしまっている。
誰の責任と問うのではなく、まず己自身が責任を全うする覚悟を持つべきではなかろうか。
よく考えてほしい。
明日という日を作るのは、私達国民だということを。
未来は、我々にかかっているのだと。

効くものでなく、効かせるもの

私は十数年、鍼灸マッサージ師をやっているが、いつも心に留めている教訓がある。
それは、ただ鍼灸マッサージをすればいいのではない、魂というか、気持ちを指先や鍼先、灸に研ぎ澄ませるということ。
同じことをやっていても、効果はまるっきり違う。
手数ばかりを覚えても、芯がしっかりしていなければ無用の長物。
私はハッキリ言って特別なことは何一つしない。
ただ純粋に鍼灸マッサージをやるだけ。
ただ、そこにあるのは私の魂だけ。
治療は効くものでなく、効かせるものなのだ。
安易な考えが、技術を落とす。
宣伝や流行りばかりに目を向けすぎて、結局自分は何を専門にしているのかが、わからない治療家もいる。
目先のことにとらわれず、誠をしっかりと見、そして、素直な気持ちで患者さんに尽くせる。そんな純粋さが治療家には必要だ。

龍は人を選ぶ

私が見た夢の中で、ある老人が問いかけてきた。
「龍とは何ぞや」と。
私は「幸運を運ぶ聖獣」と答えた。
老人は、「違う!龍は心を見ているのだ!自分の心に疚しさがあれば見放す。例えばギャンブルのために龍に頼ったり、人を陥れるために頼ったりすることに龍は力を絶対に貸さない」
私は「では、どのようなことが龍に聞いてもらえるのですか」
老人は「龍は正しき行いに力を貸すのだ。自分の私利私欲のために動くのではない。神の使いだということを忘れてはならぬぞ」

その事を私に伝え、老人は去っていった。

考えてみりゃ、その通りだ。
私は龍の置物やアクセサリーを沢山持っているが、改めて、それらを見るたびに、心を見直そうと思った。