正義のハシクレ③
「昨日も残業でさぁー、やっぱ正義の味方って辛いよなぁ」
「そうそう、私なんかここんところ毎日3時間しか寝てないもん」
「俺なんて今日、3件続けて戦闘だぜ?きつかったぁー」
四杯目のビールを飲み干しながら、俺は同期のうれしそうな愚痴を聞いていた。
金曜の9時、会社近くのチェーンの居酒屋は仕事帰りのサラリーマンで溢れかえっている。
俺はつまみには手をつけず、無言でただひたすらビールを飲んでいた。
周りには20人程の新米ヒーロー達。みんな俺の同期達だ。
新人研修の時のクラスメイト達、久しぶりのクラス会にみんな集まってきているのだ。
「ってかさー、この業界マジブラックじゃね?」
「だよねー。労働条件改善してほしいよ、ほんと」
ほろ酔いのクラスメイト達は口々に仕事の辛さを語る。
いかに自分が忙しいだの、残業が辛いだの――自慢げに、どこか誇らしげに。
正直、今日の飲み会には参加したくなかった。
みじめな気持になるのがわかっていたからだ。
「星野はどうよ?仕事」
「俺は……まぁ、ぼちぼちかな」
「残業とかしてる?」
「まぁ、それなりに……」
嘘だ。配属してから残業なんて1時間もしてない。
そこまで忙しくないし。
「ふーん、でもいいよな星野んとこは。基本デスクワークだろ?」
「まぁ、そうだけど」
「羨ましい。私も星野君とこに転属希望だそっかなー」
心にもないことを。みんな愚痴ばっか言ってるけど、今の仕事に満足してるに決まってる。
なんたって憧れの正義の味方をやってるんだから。
――俺が感じているのは単なる僻みだ。こんな気持ちになるからクラス会には来たくなかったのに。
来たくなかったら来なければいい。
そう頭では理解していても、俺は飲み会の誘いを断れなかった。
俺もこいつらと同じ仕事をしていると、心のどこかで思いたかったからかもしれない。
……俺が会社にすがり続ける理由と同じだ。
胸に凝り固まったものを流しこむように、半分ほど残ったビールを一気に飲み干す。
アルコールが欝な気分を紛らわしてくれるのを期待したが、鈍い痛みが広がっただけだった。
「そういえば知ってる?野良ヒーローの話」
「知ってる知ってる!またでたんだって?」
「……何それ?」
聞いたことがない単語に少しだけ興味がそそられる。
野良ヒーロー?ヒーローが農業でもやるんだろうか?
「あー、星野は現場に出ないから知らないか。結構有名な話だよ。」
「そうそう、みっきゅんが見たんだってー」
「えー、マジで!?」
「あの……それで野良ヒーローって、何?」
――野良ヒーローとは、最近出没する不法な正義の味方らしい。
どこの会社にも所属せず、契約なしに悪の組織と戦う不届きものだ。
この業界では悪の組織からの受注なしに戦うこと、それも他社の仕事を勝手に奪うことは一番のタブーだ。
そんなことされたら商売にならないから、当たり前のことなんだけど……
まったく、ハタ迷惑な事をするやつもいるもんだな。
「まだうちの会社の仕事には手を出されてないみたいだけど……本当に迷惑だよね」
「でもなんでそんなことやってるんだろ?一銭の金にもならないのに」
「目立ちたいだけじゃねーの?」
「そーかも!ヒーロー会社に就職出来なかったやつがやってるんじゃない?」
「やだー、それって僻み!?マジウケルんですけど!!」
「…………」
けらけらと笑う同期達を尻目に、煙草に火を点ける。
……商売関係無しに正義の味方やれるってのは、さぞいい気持ちなんだろうな。
俺は少しだけ野良ヒーローが羨ましくなった。
俺にはそんなことをやる度胸なんてないけど。
【小説】正義のハシクレ②
『株式会社 ジャスティス・コーポレーション』
主な事業は正義の味方の派遣事業。
文字通り、正義の味方を派遣する仕事だ。
顧客はもちろん悪の組織。
悪の組織の発注がなければ正義の味方に仕事はない。
悪の組織といっても、別に反社会組織というわけではない。
悪の組織法――正式名称『特定反社会組織対策法』に基づき設立された国営事業の請負会社だ。
悪の組織法は日本が反社会組織に襲われた事態に備えて、国自ら国民に予行練習をさせてしまおうという荒唐無稽な法律である。
成立当初はテロリスト対策として国民に避難訓練をさせるような法律だったのだが、今ではすっかり意味合いが変わってしまっていた。
擬似テロリストはテレビで見るような悪の組織と形を変え、国民を楽しませるために派手なパフォーマンスを行うようになったのだ。
避難訓練はエンターティメントとなり、悪の組織法は国民が非日常な刺激をリアルに体感する為の法律となり変わった。
悪の組織がいるのならば、正義の味方もいなければ盛り上がらない。
大衆が求めているのはテレビで見るような非日常をもっと身近に体験することだったから。
そうして、悪の組織を倒すための正義の味方が生まれた。
悪の組織の依頼を元に、正義の味方が活躍するリアルなショー。
悪の組織は国から補助を受け、各地で悪事と言う名のパフォーマンスを行う。
事前に悪の組織から発注を受けていた正義の味方が現場に駆け付け、打ち合わせ通り悪を倒す。国民はその戦いを楽しみ、様々な関連事業に金を落とす。
今や、悪の組織と正義の味方の戦いは日本を代表する一大エンターティメント事業となっていた。
俺が入社した『ジャスティス・コーポレーション』も悪の組織に発注を受け、正義の味方として悪の組織と戦いという名のショーを行う企業だ。
戦隊系ヒーローを多く抱え、顧客も大規模な組織が多い。
大規模なプロジェクトだと巨大ロボなんかを使うこともある。この業界じゃ、まぁ、そこそこ大きな会社だろう。
俺が支援を担当する『東京レンジャー本部』はうちの会社の中でも稼ぎ頭の部隊で、テレビで放送されるくらいの大きな戦いをいくつも受注している花形部署だ。
俺の仕事は主に『東京レンジャー本部』の仕事――悪の組織との戦いをサポートすること。
ただ、サポートすると言っても武器を開発したり、市民に被害が及ばないようにするなんて仕事じゃない。それは別の部署が担当している。
俺がするのは主にプロジェクト推進支援業務。仕事の状況管理や顧客(=悪の組織)との関係がうまくいっているか、継続的な受注は取れているか、受注金額に対して赤字になっていないか等、仕事がうまくいっているか管理、支援する仕事だ。
正義の味方といえども商売だ。儲けがでなきゃ意味がない。
ある意味正義の味方の商業的な部分を支える仕事だ。
……まぁ、うちの会社で営業と同じくらい正義の味方っぽくない仕事なんだけど。
ぶっちゃけ、うちみたいな正義の味方なんてやってる会社に入社する人には一番人気が無い部署だ。俺が入社した時の希望調査でも断トツの希望最下位だったらしい。
でも俺は配属希望調査の時、この部署を第一希望にした。
正義の味方専攻の大学を出て、ヒーロー職で入社したのにも関わらずだ。
だって、俺は肌で感じてしまったから。
俺はなりたかった“正義の味方”なんかには絶対になれないってことに……
【小説】正義のハシクレ①
「星野くん、頼んでた資料出来た?」
「あ、はい。これなんですけど……」
「――ちょっと、これ計算式本当に正しいの?誤字も結構あるし……見直しした?」
「すいません……」
「謝んなくていいからさ、早く修正してよ。今日中に現場に送んなきゃなんないんだから」
白石さんの小言に小さくなりながら、俺はパソコンに向き直した。
赤ペンで修正された資料を眺めながら、エクセルのシートを修正していく。
「仕事は早く、正確に!これ社会人の基本だよ?君、もう2年目なんだからもうちょっと……」
俺の直属の上司、白石さんのお説教は長い。一度始まったら30分は続く。
かと言って手を止めたら怒られるので、適度に聞き流しながらキーボードを叩いた。
「僕が現役だった頃は上司にそりゃめちゃくちゃに怒られたものさ。やれサービスがなってないだの、もっと魅せる動きをしろだの……あの時は理不尽に感じたけど今思うと僕の為を思って言ってたんだって痛感するね」
でた、白石さんお得意の“昔の俺は”攻撃。これ始まると長いんだよな。
ってか、この業界――特に俺の部署には自分語りをする人が多すぎる。
まぁ、この部署にいる人は昔は現場で働いてて、一線を退いた人達ばかりだから仕方ないのだろうけど。
俺みたいに始めからこの部署を希望する方が珍しいのだ。
「しかし最近の若い子はいいよね。僕なんて5年目まで大きな仕事任せられなかったよ。ほら、今度新しく出来た部隊の一番若い子。あれ君の同期だろ?」
……心の奥の方がずきりと痛む。とうに押し込んだはずの気持ちが疼くのが不快だった。
資料修正に集中して、少しだけ浮かび上がってきた昔の気持ちを再び奥に追いやった。
「……あの、白石さん」
「僕が大阪でブラックをやってた頃なんて……ん、どした?」
「できました」
「あ、そう?どれどれ……よし、おっけ。これ、メールしといて」
「わかりました」
メールソフトを起動し、修正したばかりのファイルを添付する。
宛先は俺が担当する現場の本部。俺の同期も所属し、一線で活躍するうちの会社の花形部隊だ。
添付ファイルの内容を一通り確認し、本文を入力する。
『お世話になっております。正義の味方推進部 東レ管Gの星野です。
題記の件、次回会議の資料送付いたします。
ご査収の程、よろしくお願いいたします。』
株式会社 ジャスティス・コーポレーション 正義の味方推進部
東京レンジャー本部管理支援対応グループ
それが俺が働く部署の名前。文字通り正義の味方を管理、支援することが俺の仕事だ。
俺が自分から希望して――けれども心の奥底じゃ望んでなんかいなくて……それでもすがりついている俺の居場所。
俺だって、正義の味方のはしくれだって思いたくてやってる仕事だった。