ショートストーリー「視姦」
「視姦ってすばらしいと思わない?」
彼女がふとそんなことを呟いた。
僕達以外誰もいないサークルの部室。
唐突な彼女の言葉に、僕は無言しか返せない。
かちかちとマウスをクリックする音だけが響いていた
「だって視姦しても誰の迷惑にもならないじゃない?迷惑をかけずに欲望を満たせるなんてとてもすばらしいわ」
PCの画面を見つめながらぼそぼそとよくわからない彼女。
彼女が突拍子もないことを言うのはいつものことだったので、僕は呼んでいた
本から目を離さずに適当な言葉を返した。
「視姦なんてしたことないからわかんねーよ」
「あら、そう?私は度々あなたから視姦されてるって感じるけど」
「そりゃ勘違いだ。君が自意識過剰なだけだろ」
「そうかしら?結構視線は感じるんだけど……」
それは君が変なことばかりするからだ。見てしまうのは仕方がないだろ。
訝しげな視線を、頭の中で欲望に溢れたものに脳内変換しないでほしい。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、椅子を90度回し僕に視線を向けた。
「でも、視姦って相手に気付かれたらどうなるんだろう……?」
覗き込むように僕の顔を見つめ、彼女はたんたんと視姦トークを続ける。
僕以外何も映していない無表情な瞳が少し居心地が悪くて、読みかけの本に栞を挟んだ。
対抗するように僕もじっと何を考えているのか分からない端正な顔を見つめ返す。
「相手が嫌悪感を持ったらダメよね。痴漢や強姦と一緒だもの。でも――もし視姦された方が嫌じゃなかったら……」
「嫌じゃないやつなんているか?」
「いるわよ。現に私は――あなたに視姦されてちっとも嫌じゃなかったもの」
だからそれは勘違いだって……
抗議の意思を込めて少し強く睨み返したが、彼女はちっとも怯まなかった。
それどころか無表情な瞳が少しだけ潤み、じとっと粘り気を帯びた気がする。
「視姦された側がそれを受け入れたら、それはもうセックスしているのと同じよね。和姦よ、和姦」
「年頃の娘が和姦なんて言葉口にするな」
ってか、そもそも視姦なんてものに興味を示すな。
きわどい話題に、いくら彼女に慣れている僕でもどきどきしちゃうだろうが。
彼女は依然としてねとっとした視線を僕に送ってくる。
絡みつくような、視線の先の僕の中身を丹念にねぶるような……
「……ってか君、今僕のことを視姦してるだろ」
「あ、ばれた?」
まったく悪気も感じられない声で彼女は答えた。
指摘されても僕を見つめ続けることを止めようとしない。
それどころかさらに遠慮なく僕の全身を舐めまわす様に見つめ続ける。
「それでさ、今私はあなたに視姦されてるってバレたわけだけど……あなたはどう思った?」
無機質な彼女の声に少しだけ震えと期待感が混ざったような気がした。
ったく、普段はちっともそんな感じじゃない癖に、こんな時だけ――なんか卑怯だ。
これは彼女なりの愛情表現のつもりなのだろうか。
あまりにもピントがずれた好意の示し方だったが、なんだか彼女らしい気もしてきて少し笑えた。
大胆な彼女が見せる、ほんの少しだけの怯えに僕の中の何かが刺激される。
彼女は僕にどんな言葉を求めているのだろう。
考えても正解なんてみつからなかった。
まぁ……どっちにしろ、僕が彼女に返す言葉は決まっていたのだけど。
「ねぇ、私がしているのは強姦かな……それとも和姦?」
「――君と一緒だよ。」
ガトリングガン・アリス⑨
○愛莉の部屋 目覚ましのアラーム。ベッドで愛莉が身じろぎしている。ノックの音。
莉玖「愛莉姉ちゃーんっ、いい加減おきなよぉ。学校遅れるちゃうよー?」
愛莉目覚める。
愛莉「お、姉ちゃん、お兄ちゃん…」
莉玖「起きてるの、姉ちゃん?」
莉玖が部屋に入り、ベッドに近づく。
莉玖「おっきろー、朝だよ!」
愛莉「莉玖っ!!」
泣きながら莉玖を抱きしめる愛莉。
莉玖「ど、どうしたの?怖い夢でも見た?」
愛莉「莉玖、莉玖ぅっ!!」
紗莉菜「どうしたの?」
泣き声に気づき紗莉菜も部屋に入ってくる。
莉玖「姉ちゃんが…」
愛莉「紗莉菜ぁ…!」
紗莉菜も一緒に抱きしめる愛莉。戸惑っていたが愛莉の背中に手を回す紗莉菜。
紗莉菜「大丈夫、お姉ちゃん…?」
愛莉「私ね、お姉ちゃん達に会ったの…」
莉玖「ゆ、夢だよね?」
愛莉「夢?夢じゃないわ、絶対に。ううん、夢じゃなくさせるもの。」
莉玖「お姉ちゃん…?」
愛莉「お姉ちゃん達ね、待ってろって言ってたの。必ず帰ってくるからって。」
紗莉菜「ほ、本当!?帰ってくるの!?」
愛莉「うん、でも待ってあげない。」
莉玖「どうして?あんなに莉奈姉ちゃん達に会いたがってたじゃん…?」
愛莉「うん、だから待ってあげないの。こっちから会いにいってやるんだから…!」
紗莉菜「え…?」
愛莉「いつまでも子供扱いして…私だって、家族のために強くなれるんだから…!私がこの手でお姉ちゃん達を取り返してやる。元の体を奪い取ってやるっ!」
莉玖「お姉ちゃん…?」
愛莉「今度は私ががんばる番なんだから。待ってなさいよ、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
二人を強く抱きしめる愛莉。部屋の片隅にはいつのまにかガトリングガンが置かれていた。
〈了〉