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お墓のコンビニふじのや

都立八柱霊園中参道で店を構える藤乃家石材店のブログです。
お墓や霊園についての役に立つ情報を発信しています。

いつもお世話になっております。

 
都立八柱霊園中参道、藤乃家石材店です。
 
前社長の天野文子、(旧姓飯濱)が急逝してから3ヶ月が経過致しました。
 
実に6年にわたり癌と闘病しており、その間も通常業務をこなしていた前社長ですが、調べたところその間お客様からご依頼頂いた業務内容について記録されていないことが発覚いたしました。
 
そのため過去6年前後の天野文子にご依頼いただいたお客様につきましては、過去のご依頼内容を参照することは困難であることをお伝えいたします。(お時間をいただければお調べできる場合もございますが、即答は不可能です)
 
お問い合わせやご依頼をいただいてもまずはお客様のお名前からお尋ねさせていただきますことをご了承くださいませ。
(ご依頼いただいた業務内容はもちろんでが、お客様の情報すら記録していない場合がございます)
 
なお、前社長以外が担当するお客様につきましては全て資料を保管してございますので、お調べするお時間をいただければ参照可能です。
ただし、生前天野文子に提出した分については天野の分の資料と一緒に行方不明になってしまっているものもございますので、ご理解くださいませ。
 
天野文子が処分し、記録していない内容は誰にも参照不可能であり、それは他の社員の能力や会社の体制とは関係がざいません。
 
末期癌闘病中であった天野文子ゆえ何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
 
また、天野文子が他界してから3ヶ月が経過致しましたが、上記の通り平成25年より経理が滞っていることが発覚し、現在関係役所への手続き申請及び現時点までにいただいておりますご依頼の遂行を第一に活動しておりますゆえ、定休日以外も臨時に店舗を閉めている事が多々ございます。
 
今後の全ての業務ご依頼につきましては、必ず事前にお電話でご連絡をお願いします。
 
遠方からお越しいただいても営業していない場合がございます。
 
誤解の無いように言い換えますが、他界した天野本人がいないことは言うまでもありませんが、他の残された社員も多忙につき出払っており、店自体が閉まっていてご対応ができない場合が多いということです。
 
特に天野文子のご担当さていたお客様につきましては、必ず直接お越しにならずに余裕をもってご連絡をお願いします。
 
お電話で即答はできませんが、ご迷惑のかからないよう可能な限りお調べしてお答えいたします。
 
現在多忙につきしばらく休業することも検討しております。
 
お急ぎではない御用につきましては、少しお時間をいただけると助かります。
いつもお世話になっております。

都立八柱霊園中参道、有限会社藤乃家石材店専務取締役の天野直行です。

普段の営業時においては岡田なおゆきとして業務を行っております。

まずはこの名前についてお話しさせていただきます。

現在私の親戚筋がそれぞれ別経営にて石材店を営んでおりますが、社長の苗字は皆天野でございます。(小平、市川、八柱の天乃家石材店とも社長は皆私の従兄弟になります)

さらに弊社藤乃家石材店(旧中参道天乃家石材店工事部、天乃家石材店大宮店/社長:天野政雄)は同族会社であるため社員はみな天野であり、お客様の方で会社と担当者を混同してしまう恐れがありました。

そのため、弊社は屋号を藤乃家石材店に商号変更し、さらに私天野直行は、岡田なおゆきとして営業活動をしておりました。


祖父である石工職人の天野一恵が石材店を創業し、その職人としての技術を継承する現役職人は現在私天野直行だけとなっております。

また、先日創業以来弊社の経理を一人でやってきた前社長の天野文子が他界したため、取引業者様及びお客様には少なからずご心配と誤解があるようです。

取り急ぎ現在及びこれからの状況をご説明させていただきます。

現在、経理の方は専務取締役天野直行が全て引き継ぎ取り行っております。

以前からお世話になっている弊社顧問である税理士の先生にも引き続きご依頼をしておりますのでまずはご安心ください。

また、全ての経理及び業務等の依頼は天野直行(通称名岡田なおゆき)が取り仕切っておりますので、私以外のものや代理人と称する第三者がご依頼された場合には、必ず私までご連絡ください。

原則として私いがが依頼することはございません。

さらに、同業者の皆様をはじめ関係者様にも不安や誤解があるようですので、この機会に改めて私天野直行の経歴を記載させていただきます。

有限会社藤乃家石材店 専務取締役 天野直行
仕事上の通称名:岡田なおゆき

昭和43年9月29日生まれ
現在51歳

松戸市立河原塚小学校卒業
松戸市立牧ノ原中学校卒業
千葉県立松戸東(現松戸国際)高等学校卒業
成城大学法学部法律学科卒業
亜細亜大学法学部法律学科中退

千葉日産自動車株式会社松戸営業所にて営業職を経験後、有限会社藤乃家石材店入社

石工、営業職、事務職として現在まで勤務

趣味:壊れた自動車の修理、エレキギターの改造

天乃家石材店の創業者である天野一恵の四男、石工職人天野政雄(平成17年度松戸市技能功労者表彰)の長男として生まれる。

物心つく前から毎日父の現場に同行し、水汲みなどを手伝って過ごす。
(現場のできない悪天候の日は石材加工作業場に同行)

学生時代も手が足りない時には父の仕事を手伝っていたが、20歳の時大学に通学しながら本格的に石工の仕事をやり始める。

その時の師匠は父の義理の弟である飯濱博。

叔父の飯濱とは幼少の頃同居していたこともあり、少し年の離れた兄のような存在で、丁寧にそして厳しく指導を受ける。

一時は、八柱、市川、小平の天乃家石材店グループの施工下請けを天乃家石材店工事部として一手に引き受けており、祖父から受け継ぐ伝統の技術と、コーキングやセラミックボンドなどの新技術の研究、導入にも積極的に対応。

二つの大学に通っておりましたが、母の命により入学した亜細亜大学では、当時中国からの留学生がかなりおり、日本にいながら彼らの考え方や日本や日本人に対する感情を身近で理解することができました。

その経験は、今日の墓石の主要原産国/加工国が中国であるため大いに役立っております。

二つ目の大学である成城大学では、国際司法を専攻し、特に製造物責任について学びました。

海外で採掘、加工した石材を日本で施工するという今日の墓石業界のスタイルは、まさにそれに該当し、さらに製造、販売者としての責任や心構えについて学ぶことが出来たことは大きなプラスとなっております。

大学卒業後に就職した千葉日産自動車株式会社では、自動車販売セールスマンとして車内でも指折りのトップセールスマンであった上司の業務やノルマを入社一年目にしてほぼそのまま引き継ぎ、バブル崩壊後の厳しい時代に目標遂行のために努力する姿勢や信念を身につけました。

さらに、同社は当時日本でも有数のCS向上活動の企業として躍進している会社であり、お身内にご不幸があったお客様の悲しみを癒し、できる限り笑顔を取り戻して差し上げるという墓石店の業務における使命を達成するためにはこの上ない素晴らしい学習の機会をお与えいただきました。

10年ほど前、天乃家石材店大宮店を創業当初から守ってきた祖父である飯濱勉、祖母のしまが他界し、その後大宮店専属であった叔父の飯濱博が別の道を歩むため退職してから今日まで私が一人で大宮店の業務を執り行ってまいりました。

その経験から店舗の運営は初めてではないので、本社有限会社藤乃家石材店の経理についても、私が原因で皆様にご迷惑をおかけするようなことはありません。

もちろん、経験や知識だけでは執り行えない事柄もございますが、それにつきましては以前よりおつきあいのある各専門家の方々や有資格者の先生方にお願いをしておりますので、ご安心くださいませ。

突然に訪れた経理担当であった前社長の他界と、新型コロナウィルスにより世界中が大混乱となっているこの状況で梶を任されることは決して順風満帆ではございませんが、祖父が石屋に丁稚奉公に出てから115年余り、その技術を正統的に受け継ぐ者として祖父の名を汚さぬよう精進して行く所存でおります。

今後とも弊社藤乃家石材店をよろしくお願い致します。







有限会社藤乃家石材店前社長の天野文子は、これまで長期にわたり闘病しておりましたが、令和2年4月22日肺腺癌により永眠いたしました。

葬儀は本人の遺志により家族葬を執り行い、既に都立八柱霊園にある天野家墓所に埋葬いたしました。

生前にはたくさんの方に多大なお力添えをいただき、本当に有難うございました。

長年にわたり癌と闘っておりましたが、数日前に脳梗塞を発症し会話ができない状態になりました。

それでも状態は安定しており、本人の強い希望により地元松戸の病院に転院してとても喜んでおりましたが、翌朝容体が急変し夜半過ぎに帰らぬ人となりました。

あまりに突然のことで家族も戸惑っており、何より本人もこのような状態で人生を終えることは不本意であったと思われます。

皆様へ感謝の気持ちを伝えることも、何のお返しもできぬまま旅立ってしまったことをどうかお許しください。

これは脳梗塞発症後、唯一動かせる右手で書いたメッセージです。
皆様には
大変お世わになりました
乗り切りました

なお、これも本人の希望により、店舗/自宅に祭壇等を設けておりません。

お近くにおいでの際にはどうぞ墓所の方へお参りしていただければ幸いです。

都立八柱霊園 13区 83側(B) 13番
天野家墓所

現在まだ墓誌に戒名等の彫刻をしておりませんが、遺骨は墓所内に埋葬されております。

戒名 天道明文信女
俗名 天野文子
令和2年4月22日
行年 七十四才

有難う御座いました。