ブログ記事一覧|余白に書く私の読書ノート -16ページ目
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余白に書く私の読書ノート
耳をすませば歌が、目を閉じれば思いが、こみ上げてくる。
ポエジーのほとりにたたずみ、そっと目をつぶり、耳を傾けてみる。
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知識の獲得は全て自我の拡大だが、それは直接求めない時に最もよく達成される
哲学の価値は大部分その不確実性に求めるべきものです
哲学を知識の批判として語るとき、ある制約をおくことが必要です
通常、知識として通る大部分のものは多かれ少なかれ蓋然的な意見です
全く確実なものから、確からしくみえるだけの判断まで信頼性には等級がある
私たちの真理の知識には、いずれもある程度の疑いがしみこんでいる
一見したところ知識は「真である信念」として定義できるようにみえます
真理論はその対立物、虚偽を許容するものでなくてはならない
ある程度の自明性でも、自明性と真理との関連が全然無いものとする必要はない
一般原理以外の自明的真理の種類は感覚から直接導き出される
私たちが信ずるものはすべて、証明可能でなければならない
まず、事物の知識と真理の知識とを分けなければならない
すべての先験的知識はもっぱら普遍の諸関係を扱う
普遍は、存立する(subsist)、もしくは有る(have being) と表現される
普遍は空間中にも時間のうちにもなく、物質的でも、心的でもありません
先験的知識は心的世界にも物的世界にも存在しない存在物(entitiy)にかかわる
おそらく論理的ならぬ先験的知識の最も重要な例は倫理的価値に関する知識です
経験主義者、理性主義者といわれる、二つの学派間の論争
昨日が15日ならば今日は16日でなければならない
事物が一緒に見いだされることが多ければ多いほど、別の時も一緒に見いだされる
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