子規随筆の中の俳句・短歌(4) | 俳句の里だより2

俳句の里だより2

俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

「松羅玉液」(4)

 

ここでは、脊椎カリエスにより寝たきりの人生を送った時代に書かれた4大随筆(「松羅玉液」「墨汁一滴」「仰臥漫録」「病牀六尺」)の中の俳句や短歌について紹介しているが、その他に、人力車で短時間外出した際に詠んだ短歌(「亀戸まで」)についても紹介することとする。


最初は、子規が28~29歳の時の随筆「松羅玉液」の中の俳句268句(子規;131句、他;137句)について、5回に分けて紹介するが、「松羅玉液」は明治29年(1896年)4月21日から同年12月31日まで、計32回にわたり断続的に新聞「日本」に掲載された。この「松羅玉液」には、当時はまだ珍しい「遊戯」だったベースボールについての詳しい紹介(7月19日~7月27日)や、俳句の類似性・剽窃などの例(10月5日~10月19日)が記載されている。前回

(3回目)では、8月27日から9月21日までの42句を紹介したが、今回(4回目)は、上記に述べた10月5日から10月19日までの53句(俳句の類似性についての例句)を紹介する。

 

◎10月5日

〇俳句の暗合(偶然の一致)と剽窃(盗作)あるいは不明瞭な記憶により、俳句における類似は極めて多く、その原因がいずれによるか判断するのは難しいが、俳句の類似性について以下に例を挙げて示す。

●一村は寛永頃、乙由は享保頃、卜章は明和頃の俳人

 秋来ぬと 目に物見する 一葉かな (一村)

 秋来ぬと 目に見する桐の 一葉かな (乙由)

 秋来ぬと さやかに見せる 一葉かな (卜章)

 

●立圃は慶安頃、斗文は安永頃の俳人

 手も足も はね題目の 踊かな (立圃)

 手に袖に はね題目の 踊かな (斗文)

 

●昌叱は慶長頃、楚竹は安永頃の俳人

 梅が香や 嵐の中の 春の風 (昌叱)

 梅が香や 嵐が中の 春の風 (楚竹)

 

●後土御門天皇は明応頃、玉圃は安永頃の俳人

 鶯の 声にも動く 柳かな (御製:後土御門天皇?)

 鶯の 声にもしなふ 柳かな (玉圃)

 

●只丸は元禄頃、蓼太は安永頃の俳人

 白鷺に 烏帽子着せたし 御祓川 (只丸)

 白鷺に 烏帽子着せばや 御祓川 (蓼太)

 

◎10月12日

●一吟は元禄、梅布は享保以後の俳人

 初雪の はづかしさうに 降りにけり (一吟)

 初雪の はづかしさうに 降りしまひ (梅布)

 

●正隆は寛文頃、原水は享保前後の俳人

 日和見の ならひの外や 花曇 (正隆)

 日和見る ならひにもなし 花曇 (原水)

 

●不角は享保前後、馬竜は安永の俳人

 風やんで 隣へもどす 柳かな (不角)

 吹きやんで 隣へ垂るる 柳かな (馬竜) 

 

●良次、春可ともに寛永頃の俳人

 水もばけ 氷となるや 狐川 (良次)

 狐川 水さへばける 氷かな (春可)

 

●支考は享保頃、江和は明和頃の俳人

 灌仏や めでたきことに 寺参り (支考)

 よろこびに 寺へ参るや 仏生会 (江和)

 

●且只は元禄、午竿は安永頃の俳人

 名月や 鶴のびあがる 土手の陰 (且只)

 名月や 鶴のびあがる 小松原 (午竿)

 

●乙由、潜柳ともに享保頃の俳人

 鶯や 柳にさます 梅の酔 (乙由)

 鶯の 竹にさますや 花の酔 (潜柳)

 

●一雪は元禄以前の、秀木は明和頃の俳人

 月一つ ばひとり勝の こよひかな (一雪)

 月一つ ばひとりに見る こよひかな (秀木)

 

●いずれも連歌の発句、宗養は戦国時代中期(弘治頃)、昌叱は戦国時代末期(慶長頃)の俳人

 仙人の 宿にすむかの 春日かな (宗養)

 仙人も ねたまん宿の 春日かな (昌叱)

 

◎10月19日

●暁烏、沢雉ともに元禄の俳人

 夕立や 散らしかけたる 竹の皮 (暁烏)

 夕立に 吹き散るものや 竹の皮 (沢雉)

 

●柳雪は元禄、白雲は安永の俳人

 馬の尾を 島田にゆふや 五月雨 (柳雪)

 五月雨や 使者馬の尾の 投島田 (白雲)

 

●いずれも連歌の発句、紹巴は戦国末期(慶長頃)、宗因は江戸初期(天和頃)の俳人

 つたふ間も 久しき露の 柳かな (紹巴)

 落つる間も 程ふる露の 柳かな (宗因)

 

●不角、功悠ともに元禄頃の俳人

 凧きれて 空のなごりと なりにけり (不角)

 いつ帰る 空のなごりを 凧 (功悠)

 

●珍碩は元禄、希因は享保以後の俳人

 人に似て 猿も手を組む 秋の風 (珍碩)

 手を組んだ 梢の猿や 秋の暮 (希因)

 

●佳酉は享保、蓼太は天明の俳人

 いさかひの 跡はづかしき 柳かな (佳酉)

 むつとして 戻れば庭に 柳かな (蓼太)

 

●其角は元禄、里楓は安永の俳人

 柴舟に こがれてとまる 蛍かな (其角)

 柴舟に おくれて戻る 蛍かな (里楓)

 

●和海、秀興ともに元禄の俳人

 曇る日の 白魚見せん 都人 (和海)

 聟になれ 白魚見せん 都人 (秀興)

 

●風国は元禄、成美は安永の俳人

 物売の 急になつたる 寒さかな (風国)

 物売の 夜中を過ぐる 寒さかな (成美)

 

●珠来は宝暦頃、吐鳳は安永頃の俳人

 葛水や 涼しく曇る 錫の色 (珠来)

 葛水や 黒きに戻る 錫の色 (吐鳳)

 

●其角は元禄頃(宝永以前)、後者(失名)は安永頃の俳人

 見る人も 廻り燈籠に まはりけり (其角)

 物うげに 廻り燈籠の まはりけり (失名)

 

●菊伍は享保以後、蓼太は安永・天明頃の俳人

 凩や ある夜ひそかに 雪の花 (菊伍)

 五月雨や ある夜ひそかに 松の月 (蓼太)

 

以上、安永・天明以前の句について、目に留まった「類句」をピックアップして示したが、これ以外のも多くの類句があり、天明以後ではいうまでもなくさらに多くの類句がある。