奥の細道(3)
本シリーズは、芭蕉が晩年に旅に出て綴った紀行文(「野ざらし紀行」「鹿島紀行(鹿島詣)」「笈の小文」「更科紀行」「奥の細道」の中の俳句について紹介している。前回は「更科紀行」の中の俳句(全部で13句)を紹介したが、ここでは、いよいよ芭蕉最後の紀行文であり、最も有名な「奥の細道」の中の俳句(全部で62句)を紹介する。
前回(第2回)は、5月4日の笠島(宮城県名取市)から5月29日の最上川までに詠まれた15句(「夏草や 兵どもが 夢の跡」「五月雨の 降り残してや 光堂」「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」「五月雨を 集めて早し 最上川」など)を紹介したが、今回(第3回)は、6月3日の出羽三山から7月13日の越中(富山)・加賀(石川)国境までに詠まれた16句を紹介する。
〇6月3日(現在の7月20日)、出羽三山の一つの羽黒山に登り、会覚阿闍梨に拝謁した。阿闍梨の世話で南谷の別院に泊めてもらい、心づくしのもてなしを受けた。翌4日、本坊若王寺で俳諧を催し詠んだ句(句意は、晩夏ながらこの南谷にはまだ雪が残り、折から南風がその雪を薫らせるように吹き過ぎて実にありがたい限りだ)
ありがたや 雪をかをらす 南谷
〇6月5日、羽黒権現に参詣し、その後、出羽三山の月山と湯殿山に登った後に羽黒山の宿坊に戻り、巡礼した三山について芭蕉や曾良が詠んだ4句(句意は、1句目が「昼の暑さもようやく去って、夕風が涼しく心地よい。ほのかに見上げると三日月が羽黒山にかかっている」、2句目が「空に峰のようにそびえる入道雲が、いくつ崩れてこの月山となったのだろう。天のものが崩れて地上に降りたとか思えない、雄大な月山のたたずまいだ」、3句目が「ここ湯殿山で修行する人は山でのことを一切口外してはいけないというならわしがあるが、そういう荘厳な湯殿山に登って、ありがたさに涙を流したことよ」、4句目が「湯殿山には、地上に落ちたものを拾ってはならないというならわしなので、たくさん落ちている賽銭を踏みながら参詣し、そのありがたさに涙を流したことよ」)
涼しさや ほの三日月の 羽黒山
雲の峰 幾つ崩れて 月の山
語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな
湯殿山 銭ふむ道の 泪かな (曾良)
〇6月10日に羽黒から鶴岡へ行き、そこから13日に川舟に乗って酒田の港に下った。この酒田で詠んだ2句(句意は、1句目が「南に遠くあつみ山を眺めながら、そこから吹浦の方へ風が吹いて、涼しい夜気に心も癒されることだ」、2句目が「最上川の沖合いを見ると、まさに真っ赤な太陽が沈もうとしている。そのさまは、一日の暑さをすべて海に流し込んでいるようだ」)
あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み
暑き日を 海に入れたり 最上川
〇6月15日に酒田を出立し、旅の目的の一つである象潟へ向かう。ここで、能因法師や西行法師ゆかりの地や神功皇后の御陵(墓)を訪れ、松島に似た風景の象潟に思いを馳せながら門人たちと詠んだ5句(句意は、1句目が「象潟は美しい。あの中国の美女西施が眠っているような合歓の花が咲き、象潟の美しさを引き立てている」、2句目が「象潟の水が海に連なる汐越には潮が満ちて来て、そこに鶴が舞い降りて脛まで濡らして餌をあさっている。見ていると思わず涼しさを覚えることだ」、3句目が「(熊野権現のお祭りに出くわして)ここ風光明媚な象潟では、折から祭りでもあり、信仰で魚を食べるのを禁じられているが、どんな料理が出る(何を食べる)のだろうか」、4句目が「この粗末な蜑(漁師)の家にも戸板を敷きましたので、夕涼みを楽しみましょう」、5句目が「雌雄の仲の良い事で知られるみさごが、岩の上に巣を作っている。波もその契りの深さを越える事は出来ないようだ」)
象潟や 雨に西施が ねぶの花
汐越や 鶴脛ぬれて 海涼し
象潟や 料理何くふ 神まつり (曾良)
蜑の家や 戸板を敷きて 夕涼み (低耳:美濃の国の商人)
浪越えぬ 契りありてや みさごの巣 (曾良)
〇6月25日、長居をした酒田を出立し、加賀の金沢へと越後路、北陸道を進んでいったが、その途中、明日は七夕という7月6日に、新潟県直江津で詠んだ句(句意は、明日は七夕の夜である。今日はその一日前の夜だがやはり、どこかいつもと違う美しい星空だ)
文月や 六日も常の 夜には似ず
〇7月7日、新潟県直江津での佐藤元仙宅での句会で詠んだ発句(句意は、海は荒れ、その波の音が凄まじく聞こえてくる。そしてほのかに佐渡島の島影も見えるが、その上には天の川が美しくまた荘厳に輝いている)
荒海や 佐渡に横たふ 天の河
(7日は雨が降っており、当日は直江津では天の川は見えなかった。少し前の7月4日夜、出雲崎を通った時に天の川が見えたので、この句はこの時のこ那古という浦とを思い浮かべて構想されたものと言われている)
〇7月12日夕方、新潟県市振に到着し宿泊すると、隣に泊まっていた二人の遊女から翌朝悩み事を聞かされて、気にかかりつつ詠んだ句(句意は、みすぼらしい僧形の自分と同じ宿に、はなやかな遊女が偶然居合わせた。その宿にわびしく咲く萩を、こうこうと月が照らしている。なんだか自分が萩で遊女が月に思えてくる)
一家に 遊女も寝たり 萩と月
〇7月13日に一振を立ち、那古の浦(富山県新湊市海岸)へ、そこから富山湾(有磯海)沿いに加賀の国(石川県)へ入ったが、その時に詠んだ句(句意は、多くの川を渡り終わると、そこには早稲の田が広がり、その稲の匂いが溢れている。そしてその右には有磯海が広がっている)
早稲の香や 分け入る右は 有磯海