枕草子の中の和歌(3) | 俳句の里だより2

俳句の里だより2

俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第244段~第318段

 

ここでは、「源氏物語」と並び古典(平安時代)文学の傑作とされる「枕草子」(全319段、作者は清少納言、成立は長保3年(1001年)頃)の中で詠まれた和歌(36首、全319段のうち25段に記載)について、3回に分けて紹介しているが、今回をもって終りとなる。前回は、第106段~第241段までの11首を紹介したが、ここでは第244段~第318段までの11首を紹介する。枕草子は、源氏物語同様に後世の文学、特に連歌・俳諧・仮名草子に大きな影響を及ぼした。また、鴨長明の「方丈記」、吉田兼好の「徒然草」と並んで日本三大随筆と称され、今日まで人々に親しまれている。

 

●第244段「蟻通の明神」

〇むかし唐の皇帝が日本の帝を騙して国を奪おうと知恵だめしを次々に仕掛けて来るので、帝は困って中将に相談すると、中将の親が知恵を出してその度に対処してきた。しかし、唐の皇帝はさらに「七曲がりに曲がりくねった、中に小さな穴がある玉に糸を通すように」と無理難題を帝に言って来たので、中将はまた親に相談すると「大きな蟻を捕まえて、二匹ほどの腰に細い糸をつけ、また、それにもう少し太い糸をつないで、向こう側の口に蜜を塗ってみなさい」とのこと。中将は帝にそのように話して、実際にやってみると上手くいったので、糸が通った玉を唐の皇帝へ送り返すと、皇帝は感心し、それからは知恵だめしをして来ることは無かった。そして、帝は中将を上達部から大臣へ取り立てるとともに、中将の願い通りすべての老いた父母が京に住むことを許した。また、中将の親が神様になったのだろうか、その明神に参詣していた人に夜神が現れて

 七曲に まがれる玉の 緒をぬきて ありとほしとは 知らずやあるらむ

と言ったという。

 

●第277段「御前にて人々とも、また」

〇清少納言が思い悩むことがあって里にいた頃、中宮定子から立派な紙二十枚を頂くとともに、手紙で「早く参上しなさい。また、この紙のことは以前聞いていたもので、上等ではないので寿命経も書けないでしょうが贈ります」とあったので、その返事に詠んだ歌

 かけまくも かしこき神の しるしには 鶴のよはひと なりぬべきかな

 

●第301段「三月ばかり、物忌しにとて」

〇三月頃、清少納言が物忌のために仮住まいとして人の家に行ったところ、木々の中に葉が広くあまり優雅でない柳があったので、清少納言が「柳ではないでしょう」と言うと、「こういう柳もある」と言ったので清少納言が詠んだ歌
 さかしらに 柳の眉の ひろごりて 春のおもてを 伏する宿かな

 

〇同じく、清少納言が物忌のために人の家に出向くと退屈で仕方なく、すぐにも中宮定子のところへ参上したいと思っていると定子から手紙があり、それに書かれていた定子が詠んだ歌

 いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな

 

〇定子の歌に応えて清少納言が詠んだ歌

 雲の上も 暮らしかねける 春の日を 所がらとも ながめつるかな

 

●第307段「右衛門の尉なりける者の」

〇右衛門の尉だった者が、自分の父親が恥ずかしいと思い、伊予国から上京する時に父親を海に突き落とした。人々は呆れ驚いたが、七月十五日、その男が「盆の供養をする」と準備しているのを道命阿闍梨が見て詠んだ歌

 わたつ海に 親おし入れて この主の 盆する見るぞ あはれなりける

 

●第308段「小原の殿の御母上とこそは」

〇小原の殿(藤原道綱)の母が普門寺で法華八講をしたのを人々が聴聞し、次の日小野殿に人々が集まって管弦の遊びをし、漢詩を作った時に、道綱の母が詠んだ歌

 薪こる ことは昨日に 尽きにしを いざ斧の柄は ここに朽たさむ

 

●第314段「僧都の御乳母のままなど」

〇僧都の君の乳母などが御匣殿(定子の妹)のところに集まっていると、男が来て「ひどい目に遭いました」と言うので、清少納言が「どうしたの」と尋ねると、「馬寮のまぐさを積んでいた家から出火して自分の家も延焼し、また、夜殿(寝室)に寝ていた妻も危うく焼け死ぬところだった」とのこと。これを御匣殿が聞いてひどく笑い、清少納言が詠んだ歌

 みまくさを もやすばかりの 春の日に 夜殿さへなど 残らざるらむ

清少納言が「これを男に渡してやってください」と言って投げると、女房たちは笑って「ここにいる方(清少納言)が、おまえの家が焼けたので、気の毒がってくださるのよ」と言って男に渡すと、男はそれを広げて見て「これは何の短冊でしょうか。物はどのくらいいただけます」と言った。

 

●第316段「ある女房の、遠江の子なる人を」

〇ある女房が遠江の守の息子と深い仲になっているとの噂を聞き、「親の名にかけて誓わせてください。とんでもない嘘です。夢の中だって逢ったことはない」と言っているがどう言えばいいでしょうかと聞いたので、清少納言が答えて詠んだ歌

 誓へ君 遠江の 神かけて むげに浜名の 橋見ざりきや

 

●第317段「びんなき所にて」

〇都合の悪い所で男に逢っていると胸がどきどきしたのを、「どうしてそんなに」と言った男に清少納言が詠んだ歌

 逢坂は 胸のみつねに 走り井の 見つくる人や あらむと思へば

 

●第318段「まことにや、やがては下る」

〇「本当ですか、まもなく下向するというのは」と言った人に清少納言が詠んだ歌

 思ひだに かからぬ山の させも草 誰かいぶきの さとはつげしぞ

                                     (完)