大和物語の中の和歌(7) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第100段~第109段

 

このシリーズでは、「伊勢物語」に続き、平安時代中期(10世紀後半~11世紀初期)に成立した歌物語である「大和物語」(全173段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(295首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第88段~第99段までの24首を紹介したが、ここでは第100段~第109段までの25首を紹介する。

 

●第100段「季縄少将」

〇大井に藤原季縄の少将が住んでいた頃、醍醐天皇が花見に行きたいと言っていたが、すっかり忘れている様子なので藤原季縄が詠んだ歌

 散りぬれば くやしきものを 大井川 岸の山吹 今日さかりなり

 

●第101段「季縄少将(続)」

〇藤原季縄の少将が病がやや癒えて宮中に参上し、源公忠に「今日はこれで退出し、明後日には正式に出勤するので天皇にお伝えください」と伝えて帰り、その3日後に源公忠へ届けられた手紙に書かれた藤原季縄が詠んだ歌(手紙を読んで公忠は季縄の宅を訪れたが、季縄はすでに死去し、それを天皇(醍醐天皇)に伝えると天皇も悲しんだ)

 くやしくぞ のちにあはむと 契りける 今日をかぎりと いはましものを

 

●第102段「今日の別れ」

〇土佐守の酒井人真が病気で弱り、鳥羽の家に行く時に詠んだ歌

 ゆく人は そのかみ来むと いふものを 心細しや 今日の別れは

 

●第103段「天の川」

〇平中(平定文)が京の市に出かけた時に、そこにいた宇多天皇の皇后温子に仕える婦人達に手紙を書き言い寄ったが、婦人達は「手紙の女性は誰を指すのですか」と訊いたので、それに対して平定文が詠んだ歌

 ももしきの 袂のかずは 見しかども わきて思ひの 色ぞ恋しき

 

〇女性は武蔵守の娘であり、その後平定文に返事をして恋仲になり一夜を共にしたが、それ以降数日間平定文からは何の音沙汰無しとなったため、娘は悩み悲しみ尼になり、召使いの女に託して切り落とした髪とともに平定文へ送った歌

 あまの川 空なるものと 聞きしかど わが目のまへの 涙なりけり

〇それを見て女が尼になったことを知り、嘆き悲しみ平定文が詠んだ歌(その後、平定文は女のもとを訪れたが、女は閉じ籠り返事もしなかった)

 世をわぶる 涙ながれて はやくとも あまの川には さやはなるべき

 

●第104段「露の身」

〇藤原滋幹の少将に対して女が詠んだ歌

 恋しさに 死ぬる命を 思ひいでて 問ふ人あらば なしとこたへよ

〇それに対する藤原滋幹の詠んだ歌

 からにだに われ来たりてへ 露の身の 消えばともにと 契りおきてき

 

●第105段「うぐひすの声」

〇平中興の娘と浄蔵大徳との仲が世間の人々の噂になり、そのため浄蔵は鞍馬山に籠もり修行をしていたが、娘のことが恋しく思い出されて伏せり泣いていると、すぐそばに娘からの手紙があり、それに書かれていた娘の詠んだ歌

 すみぞめの 鞍馬の山に 入る人は たどるたどるも かへり来ななむ

 

〇手紙が届いたのを不思議に思いつつ、浄蔵は一人で娘のところへ出かけ、山に戻った後に娘に対して詠んだ歌

 からくして 思ひわするる 恋しさを うたて鳴きつる うぐひすの声

〇それに対する娘の詠んだ歌

 さても君 わすれけりかし うぐひすの 鳴くをりのみや 思ひいづべき

 

〇別の時に、浄蔵が娘に対して詠んだ歌

 わがために つらき人をば おきながら なにの罪なき 世をや恨みむ

 

●第106段「荻の葉」

〇今は亡き兵部卿の宮(元良親王:陽成天皇の皇子)が、平中興の娘に求婚する際に詠んだ歌2首

 荻の葉の そよぐごとにぞ 恨みつる 風にうつりて つらき心を

 あさくこそ 人は見るらめ 関川の 絶ゆる心は あらじとぞ思ふ

〇それに対して娘が詠んだ歌

 関川の 岩間をくぐる みづあさみ 絶えぬべくのみ 見ゆる心を

 

〇それでも女(平中興の娘)が逢ってくれないので、月の明るい夜、親王(元良親王)が女のもとへ行き詠んだ歌

 夜な夜なに いづと見しかど はかなくて 入りにし月と いひてやみなむ

 

〇ある時、親王が扇を落としたのを女(平中興の娘)が拾って眺めると、自分の知らない女が詠んで扇に書かれていた歌

 忘らるる 身はわれからの あやまちに なしてだにこそ 君を恨みね

〇それを見て、平中興の娘が扇の歌の横に詠んで書き、元良親王に贈った歌

 ゆゆしくも おもほゆるかな 人ごとに うとまれにける 世にこそありけれ

 

〇別の時に、平中興の娘が元良親王に対して詠んだ歌

 忘らるる ときはの山の 音をぞなく 秋野の虫の 声にみだれて

〇それに応えて元良親王が詠んだ歌

 なくなれど おぼつかなくぞ おもほゆる 声聞くことの 今はなければ

 

〇同じく、元良親王が平中興の娘に対して詠んだ歌

 雲居にて よをふるころは さみだれの あめのしたにぞ 生けるかひなき

〇それに応えて平中興の娘が詠んだ歌

 ふればこそ 声も雲居に 聞こえけめ いとどはるけき 心地のみして

 

●第107段「むかしの恋」

〇兵部卿の宮(元良親王)に別の女が贈った歌

 あふことの 願ふばかりに なりぬれば ただにかへしし 時ぞ恋しき

 

●第108段「常夏」

〇兵衛の監の君(藤原師尹)は、南院の今君(源宗于の娘)のところへしばしば通っていたが、その後来なくなってしまったので、源宗于の娘が常夏(撫子)の枯れたことに掛けて詠んだ歌

 かりそめに 君がふし見し 常夏の ねもかれにしを いかで咲きけむ

 

●第109段「牛の命」

〇源宗于の娘が、源巨城(源宗城)から以前借りた牛を借りようとしたら、「あの牛は死にました」と言われたので、それに対して詠んだ歌

 わが乗りし ことをうしとや 消えにけむ 草にかかれる 露の命は