平家物語の中の和歌(3) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

巻第5、巻第6

 

このシリーズでは、鎌倉時代初めに書かれた軍記物語「平家物語」(巻第1~巻第12と別巻(灌頂巻)で構成、作者は不詳)の中の和歌(100首)について、巻第1から順に紹介している。前回は、巻第4の14首を紹介したが、ここでは巻第5の11首及び巻第6の8首の計19首を紹介する。

 

◎巻第5(以下の14章より構成:都遷、月見、物怪之沙汰、早馬、朝敵揃、咸陽宮、文覚荒行、勧進帳、文覚被流、福原院宣、富士川、五節之沙汰、都帰、奈良炎上)

 

●1章「都遷」より

〇治承4年、平清盛が突如平安京から福原へ遷都し、それに対して何者かが悲しみ、旧都の内裏の柱に書きつけた歌2首 
 百年を 四かへりまでに 過ぎ来にし おたぎの里の 荒れや果てなん

 開き出づる 花の都を ふり捨てて 風ふく原の 末ぞあやふき

 

●2章「月見」より

〇福原遷都後の最初の秋、左大将徳大寺実定は京の姉大宮(藤原多子)を訪れ待宵の小侍従(大宮の女房)に出会うが、そう呼ばれることになった女房が以前に詠んだ歌
 待つ宵の ふけゆく鐘の 声聞けば 帰る朝の 鳥はものかは

 

〇夜が明けて実定が福原へ戻ったが、名残惜しそうだった小侍従が気になり、蔵人(随身)を再び小侍従のもとに遣り実定の代わりに蔵人が詠んだ歌
 ものかはと 君が言ひけん 鳥の音の 今朝しもなどか 悲しかるらん

 
〇それに応えて小侍従が詠んだ歌
 待たばこそ ふけゆく鐘も つらからめ あかぬ別れの 鳥の音ぞうき

 

●11章「富士川」より 

〇源頼朝の挙兵により福原では大将軍に平維盛、副将軍に平(薩摩守)忠度が出陣したが、忠度の恋人の女房が忠度の出陣にあたり、小袖一重ねに添えて贈った歌 
 あづま路の 草ばを分けん 袖よりも たたぬ袂の 露ぞこぼるる

〇それに応えて忠度が詠んだ歌 
 別れ路を 何かなげかん 越えてゆく 関も昔の あとと思へば

 

●12章「五節之沙汰」より

〇富士川の戦いで、平家軍(平維盛、藤原忠清ら)は水鳥の羽音を源氏の夜襲と勘違いし戦わずして逃亡したため、平家の不甲斐なさに詠まれた皮肉に満ちた歌(落書)4首

 ひらやなる 宗盛いかに 騒ぐらん 柱と頼む 亮を落として 

 富士川の 瀬々の岩こす 水よりも 早くも落つる 伊勢へいじかな

 富士川に 鎧は捨てつ 墨染めの 衣ただきよ 後の世のため 

 忠清は 逃げの馬にぞ 乗りてける 上総しりがひ かけてかひなし

 

◎巻第6(以下の12章より構成:新院崩御、紅葉、葵前、小督、廻文、飛脚到来、入道死去、築島、慈心房、祇園女御、嗄声、横田河原合戦)

 

●1章「新院崩御」より

〇治承5年正月、興福寺の「初音の僧正」 と呼ばれた僧正永円は、奈良炎上により仏像や経文が焼失し亡くなったが、「初音の僧正」の由来となった、ほととぎすの鳴き声を聞いて詠んだ歌

 聞くたびに めづらしければ 不如帰 いつもは 常の心地こそすれ

 

〇高倉上皇は福原遷都や奈良炎上などが続き心労で死去、その葬儀に参列しようとした比叡山の澄憲法院が、間に合わず 火葬されたことを嘆いて詠んだ歌 

 常に見し 君が御幸を けふとへば かへらぬ旅と 聞くぞ悲しき

〇同じく、高倉上皇の死を悲しんで女房の建礼門院右京大夫が詠んだ歌
 雲の上に 行くすゑ遠く 見し月の 光消えぬと 聞くぞ悲しき

 

●3章「葵前」より

〇高倉天皇は「葵の前」(建礼門院徳子の女房)を寵愛したが、身分が卑しいなら自分の養子にとの関白藤原基房の提案を退け、ままならない気持ちを古歌(平兼盛作)に託し葵の前に贈った歌

 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

 

●4章「小督」より

〇後に高倉天皇に寵愛される小督(建礼門院徳子の女房)は、藤原(冷泉大納言)隆房が少将の頃に見初められ、その隆房が詠んで小督のいる御簾の内へ投げ入れた歌
 思ひかね 心はそらに 陸奥の ちかの塩竃 ちかきかひなし

 

〇それに対して小督は天皇のことを気にして手紙を手にも取らず無視したため、再び隆房が小督に対して詠んだ歌 
 玉章を いまは手にだに とらじとや さこそ心に 思ひ捨つとも

 

●10章「祇園女御」より

〇平清盛の父平忠盛は、白河院が寵愛していた祇園女御を与えられ、その女御が男子を産んだことを、熊野行幸の際に白河院へ忠盛が5・7・5で詠んで伝え、それに白河院が7・7で応えて詠んだ歌 

 いもが子は はふほどにこそ なりにけれ ただもりとりて やしなひにせよ

 
〇それ以来、男子は忠盛の養子となったが、子供が夜泣きをするのを聞いて白河院が詠んだ歌(名前が清盛に) 

 夜なきすと ただもりたてよ 末の代に きよくさかふる こともこそあれ