羽黒神社宮司のブログ








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風が強いです

4日は、宮司の代理奉仕で、能登町の神社へ行っておりました。


道路の修復があちこちで始まっていて、工事信号が多いです。



今日も次女が除勤奉仕。
私の車の運転で行ってるため、直会には参加せず、4時過ぎには帰りましたが、

夕方、兼務社の春祭りの打ち合わせがあり、羽黒神社仮殿へ。

ほぼ丸2年、地震被害で社殿内には危険で入る事が出来ず、昨年の新嘗祭から、ようやく拝殿内でお祭りが出来るようになった集落です。
(それまでは、青空でお祭りをしておりました)

気がついたら、風がものすごいことになっております。


朝はエライことになっているかと思いきや、

風が強すぎて、落ち葉やらが吹き飛ばされたのか、そうでもありません。


ただ、桜の花びらがこんなところまで・・・

あらあら掃除して、
午後から、またまた兼務社のお祭りです!






大盃の儀

4月3日、

片姫神社春祭り。

朝からいいお天気にめぐまれました。

片姫神社は、秋祭りは、粟津、森腰の両集落が別々に祭礼を齋行していて、
両集落が一緒に奉仕する、この春祭り(春季祭)が例祭、すなわち、一年で最も重要なお祭りに定められております。

前日に引き続き、権禰宜が奉仕しております。

この日、地震後初めて、神饌を伝供(でんく=一台一台手渡しでお供え)にて、本殿外陣にお供えいたしました。
例祭のみ、本殿内に大祭用神饌、12台をお供えするのが古式でございます。


例祭は正服(神職の正装)を着けておりますが、私も権禰宜もなんだか忙しく、画像を撮るヒマもなく、
祭典後、狩衣に着替えて厄祓い等を奉仕しております。

直会は、まず、大祭のお神酒をいただき、


次に、厄年や還暦、年祝いのご祈祷を奉仕された方々のお神酒を、大盃に並々と注ぎ、

まずは神職から。


次に、両区総代、ご祈祷奉仕者と、

賑やかに、お納めいたしました。

氏子は、約1/3が地震後に転出されましたが、

残った氏子で、如何に神社、氏子を盛り上げるか、
熱く語られました。




古し来し例の随に(いにしこしためしのまにまに)

4月2日、

正院町岡田地区鎮座、火宮神社の春祭り。

地震後、2年を経て、ようやく、壊れた壁や建具、棟瓦を直していただきました。
ブルーシート無しの社殿を拝するのは久しぶりです。

本殿は、これから改築に向けて画策中で、今は仮殿です。
地震後、氏子は半分に減り、そのうち数軒は仮設住宅暮らしの状況で、事業を進めるのは大変かと存じます。

この日も、帰省中の権禰宜が奉仕。


昨年から復活しました、湯立ての神事も齋行。

境内で沸かした湯しぶきて、まず境内、鳥居越しの氏子集落、そして殿内参列者を熊笹で祓います。

かつては、能登のほとんどの神社で行われてきた神事で、今でも行われる神社は多いですが、

明治の神仏判然令の折り、殊、正院町では取り締まりが厳しく、
「湯立ては神道由来にあらず」
と、禁止措置がとられた中で、唯一、残った集落であります。

祭典後、春祭りや湯立ての神事の由来を説明し、厄祓い等もご奉仕いたしました。

直会も賑やかに。
祭典後に、神様のお神酒をいただく直会(なおらい)が、如何に大切かもご説明いたしましたが、

直会は、神々との饗応で、お神酒を共にいただくことは、神々のお力をいただくこと。
ただみんなと呑みたいだけではございません(^o^;)

超辛口(  ̄▽ ̄;)

この後、雅楽会の練習に向かいましたが、
お祭りと練習日が重なった場合、いつもは練習をお休みにするんですけどね、

4月19日の、羽黒神社の春祭りに、龍笛の二人が欠席だそうで、
急遽、市外に嫁がれたTちゃんがはるばる奉仕することになり、
この日は、車で一時間以上かけて来てくださいましたので、

酔っぱらってても、練習いたしました!
みなさま、
宜しくお願い致しますm(_ _)m










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