外宮、内宮参拝
まあ、別にネタを引っ張っていたわけではぜんぜんなくて、純粋に忙しかったわけです。
画像は、昨夜の雅楽会ですが、
久しぶりに大人数の練習でしたが、
もうすぐ6月なので、6月30日の大祓式にむけて、練習いたしました。

あとは、お木曳き参加の土産話、と、お土産をいただきつてつ、
本日は、来月の大祓式の準備と案内に、あちこちまわり、
やっぱりお掃除。

落ち葉も草もひどいです!
そういうわけで、

めでたく、御用材を外宮に曳きいれましたらば、
イザ!
外宮参拝。

外宮は御垣内参拝(一般参拝者は立ち入り禁止の御門内)ですが、御門前鳥居前からは撮影禁止です。
御用材の丘曳きは外宮のみで、内宮は川曳き(御用材は川を流して運ぶ)だそうです。
初めて知りました( 。゚Д゚。)
神職初任者研修の講師までやっておいて、はずかしい・・・(ーー;)

外宮をはなれまして、
続いて、内宮参拝でございますが、

道中投稿したとおり、雨が降ってきまして、
神宮参拝で雨は珍しいのですが、

まあ、
お木曳き参加が終わるまで、待っていてくれた感じですかね。
お木曳き行事、奉曳(ほうえい)
神宮お木曳き行事から帰りましてから、なにかと忙しく、
翌日から、子供たちの笛、太鼓練習のため、公民館へ。
小学生の人数があまりに少ないため、今回は中学生を交えての練習です。

だいぶ安心して聴けますね~♪


その後は、参加出来なかった神職も含めての、会計報告と反省会。

で、
昨日は朝からひっきりなしの来客で、今日まで更新が遅れていたわけですが、


ここから、約3時間、外宮まで、式年遷宮の御用材を曳き出します。

江戸時代後期、全国で、爆発的に大流行したお伊勢参りですが、
若者の参宮は、なかば通過儀礼となっていて、
「伊勢参りがしたい」
と、誰かが言うと、集落中から餞別がよせられ、お金がない農民や、丁稚奉公の若者でも、伊勢へ行ける仕組みになっていたのですが、
伊勢へ着いた頃には、餞別をいただいた人々に、お土産を買うお金がなくなり、
しかたなく、泊まった宿坊で、神領民たちが披露する木遣りをおぼえて帰って、地元民に披露し、
「確かに、伊勢へ行ってまいりました」
ということになり、それが次第に、能登の曳き山祭りに採用されていった、ということなのですが、
これもすべて暗黙の了解だったようです。
年末に、全国に神宮大麻を頒布して回っていて、
その頒布先の地域もそれぞれ決まっていたので、
お伊勢参りの際は、テリトリーの御師の宿坊に泊めていただく、ということです。
さ!
外宮到着。
浜参宮
昨夜9時過ぎ、伊勢の神宮、お木曳き参宮より、帰ってまいりました。
3日間留守にしておりましたら、境内はけっこうな汚れようです。
草もかなり生えております。

とりあえず、お掃除!
3日前、早朝6時、春日神社を出発です。



翌日のお木曳きを控え、二見興玉神社にて、身を清める儀、浜参宮のため、まずは二見ケ浦へ。

参加者全員に渡された法被を羽織ります。

本来、参宮の前には、ここ二見ケ浦の海中に入り、禊(みそぎ)を行いますが、略式で、二見の海で採れた海草を乾燥させた大麻(おおぬさ)でお祓いを受けます。
戦後、全国から集まった人々が「一日神領民」として奉仕するようになり、参加するには最新の注意を払い、お祓いも厳重に齋行して臨まねばなりません。
お祓い後に、興玉神社に参拝。

夕方、ようやくお宿となります戸田屋さんへ。

とりあえず、喫煙所です。
祝宴では、まず、石川県神社庁長より、ご挨拶。

まだまだ地震被害がぬぐえない珠洲支部参加者は、わずか27名。
翌日は、お木曳き参加でございます。
続きます。





















