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汗で目が開かん!

昨日、齋主代理で、能登町の地鎮祭へ行っておりましたが、

もう、祭典中、額から流れる汗で、目が開かないほどでした。

能登町は、当家から約40分、
運転中、エアコンがんがんかけてても、汗がとまりません。

正午からは、保護司会事務局の勤務当番で、珠洲の自宅へ帰ると間に合わないので、そのまま、同じ能登町柳田の庁舎へ移動。
白衣袴姿のまま入るのは、多少気が退けましたが、
午前中の当番は、私と同じく保護司のT宮司ですので、ま、いっか、と(^^;)

私服に着替えて、しばし、この3時間だけ、涼しいひととき。

で、
今朝は、氏子さんの農業倉庫の、解体前のお祓いでした。
これがまた暑いっ!

車自体が暑いんでしょうけど、外気温がありえんことになっております。

装束まで汗でバタバタですので、仮殿で干しております。
まだ7月、
しかも能登は梅雨明け前・・・(ーー;)






祇園さん

古代に於いて、疫病、いわゆる感染系の流行病(はやりやまい)が蔓延した場合、
それは村々が丸ごと全滅してしまうくらいの驚異で、
京の都では、平安時代から祇園会(ぎおんえ)という疫病祓いのお祭りが盛んに行われ、それは諸国にも勧請され、特に夏の暑い時期、疫病を退散させるために、荒ぶる神、須佐之男命を勧請して、様々な祇園系のお祭りが行われたわけでございます。

当能登地区に於きましても、天保年間の飢饉の折、やはり疫病(この時は、コレラといわれます)が蔓延し、能登各地に、現在の京都八坂神社(祇園社)須佐之男命を勧請して祇園祭を齋行したのが、今、多くの能登の夏祭りに引き継がれているわけですが、

当正院地区でも、古くから祇園祭は行われていて、今月15日がその日でありましたが、地震以降、神職のみで齋行しております。

正院の祇園さんについて、12年前のブログ記事に記載がございます。
もとはお神輿の渡御があったお祭りですが、地震前は武漢ウィルス騒動があったため、もう10年はお神輿が出ていないかもしれません。
正院の町を疫病から守ったこのお祭りの大きな意義を、氏子の皆様がわすれてしまわないか、非常に危惧するところであります。

15日の祭礼は、参列者もおらず、数:10分でおわりましたが、
古い宮司社家である当家では、このお祭りにはかならず、お赤飯と茶碗蒸しを作りますが、
いまだ仮設住宅暮らしですのでね、
茶碗蒸しの容器はコーヒーカップです。

で、
今日は雅楽会でしたが、

別に祇園祭とは関係なく、お仕事で京都へ行かれていた会員さんからのお土産♪
ごちそうさまでしたm(_ _)m





道路修復工事安全祈願祭

以前にご祈祷予約を承っておりました、道路修復工事の安全祈願祭を、昨日、権禰宜と一緒に奉仕いたしました。


珠洲市から輪島市までの、殊に、地震と豪雨による土砂崩れで、現在でも封鎖されている箇所を中心に、ということですが、
現場は何度か、遠目に見ておりますが、凄まじい崩れかたで、今は地震で隆起した海岸に、迂回のための新しい道路が出来ています。

ここは、私も2~3回通ったことがございますが、
グネグネの上に、大型車と対面すると、すれ違いは不可能で、まあ、走りにくいです。

それに加えて、土砂崩れの生々しい岩肌が、すぐ頭上近くに見えて、恐怖を感じます。
画像は、路駐出来る場所で撮ってますので、本当にコワイ場所は、運転中で撮れません。

地震前は一時間で輪島まで行けましたが、工事信号やらも含めて、30分くらい余計にかかりました。

この道が、本格復旧となればありがたい。

他県の業者さんで、工事前に、まずは被災した地元の神様にご挨拶、とのことです。

工事の安全、専一、お祈り申し上げます。


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