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こんにちは。園庭研究所の石田です。

 

園庭環境に生物多様性を取り入れることで、子どもの体表・体内の免疫関連微生物叢を強化する

 

こうした研究結果が、フィンランドの研究グループから2020年10月に発表されました。

(ネットニュースでも取り上げられていますので、すでにご存知の方もいらっしゃるかと思います。)

 

都市部の保育園の園庭を、森林の地表材である‘林床’ と芝で覆い、環境の生物多様性を高め、その結果子どもの体表・体内の細菌叢がどう変化するかを調査した研究です。→ 論文

 

 

【調査方法】

調査対象:フィンランドの2都市(人口10万人以上)の保育所10施設に通う、3~5歳の園児75名

 

比較した園庭環境:

1)標準的な園庭:3施設(16園児)

2)生物多様性介入園庭:4施設(36園児)

3)日常的に近隣の森林を訪れている自然志向型保育園:3施設(23園児)

[注] 1)2)の詳細は以下。

 

生物多様性介入期間:28日間。

園児らは毎日平均1.5時間ほどを屋外で過ごした。

 

比較調査内容:

生物多様性介入期間の前後での園児の

ⅰ)皮膚細菌叢(さいきんそう)*

ⅱ)腸内細菌叢

ⅲ)血漿サイトカイン値*

ⅳ)血中Treg頻度*

を測定。

合わせて、1)2)の園庭の微生物叢*を比較。

 

(専門的用語もたくさん出ますので、*を添えた用語については、記事一番下に[用語説明]を入れています。)

 

 

[注]  園庭環境について。

 

1)「標準型園庭

この地域での標準的な園庭は、約500㎡の園庭を有し、緑地はほとんどない、もしくは全くない。

 

2)「生物多様性介入園庭

「標準型園庭」のうち4施設を「生物多様性介入園庭」として、砂利の一部を林床(100㎡)と芝生(200㎡)で覆った。

さらに、林床の区分、砂、一年草プランター、登ったり掘ったりする泥炭ブロックを設置。

・移植された自然林床の植生:ギョリュウモドキ(ツツジ科の常緑小低木)、ブルーベリー、セイヨウガンコウラ、数種のコケ。(いずれもフィンランドの林床に多く生息する、背丈の低い植物)

・移植された芝の植生:ウシノケグサ、牧草

 

「生物多様性介入園庭」では保育者が、子どもたちが持ち込まれた緑の素材に触れるようガイドした。

例えば、プランターに植物を植えたり、自然素材を使って工作やゲームをしたり。

 

 

画像は、本研究者が所属するヘルシンキ大学の『生物・環境科学部』ニュースより。左が介入前の「標準型園庭」、右が介入後の「生物多様性介入園庭」。草地の上に置かれている茶色いブロックが、泥炭ブロックかと思います。

 

 

【調査結果:介入実験後の変化】

 

① 表土サンプル(砂場、遊び場、ブランコそば、ジャングルジムそば、園舎入り口そば)

<介入後>

・ガンマプロバクテリア*が多様化:「生物多様性介入園」>「標準園」

・総バクテリア地表面土壌群集が多様化:「生物多様性介入園」>「標準型園」

 

② 子どもの皮膚上細菌叢

<介入前>「自然志向型園」>「生物多様性介入園」「標準型園」

<介入後>

プロテオバクテリア*、アルファプロテオバクテリア*、ガンマプロテオバクテリア*が多様化:「生物多様性介入園」>「標準園」

=生物多様性介入により、「自然志向型園」と同等の皮膚上細菌叢が多様化

 

③子どもの腸内細菌叢

<介入後>

「生物多様性介入園」で、

・Clostridiales*の種数が相対的に減少

・酪酸産生種を含むRuminnococcaceae α* の多様性増加

「標準型園」「自然志向型園」は前後で変化なし。

 

④ 血漿中サイトカイン*

・介入園児では、血漿中サイトカイン IL-10*が、IL-17A*に対して比率が増加。

・「自然志向型園」「標準型園」では増加なし。

 

さらに。

・皮膚ガンマプロテオバクテリアの多様性の増加が、TGF-β1*血漿濃度の増加と関係。

・介入園児:TGF-β1血漿濃度増加は、IL-17A血漿濃度の低下とTreg細胞の割合の増加と関係。

・自然志向型園児:皮膚ガンマプロテオバクテリアの多様性の増加が、IL-10血漿濃度の上昇と関係。

・介入により、腸内細菌叢、特に腸の健康維持に関連するFaecalibacteriumの多様性を増加させた。

 

(注:介入サンプル自体には便で見つかった株は含まれませんでした。このため、宿主に有益な効果を与える’生きた微生物’を含む食品を摂取するプロバイオティクス治療*の影響とは根本的に異なる可能性が、論文中で述べられています。)

 

 

(グラフでは標準園の子どもの皮膚細菌叢の多様性が低下していますが、これは、今回の介入期間は大気や地面が乾燥していたことと関係しているのではないかと研究者は解説しています。)

 

皮膚ガンマプロテオバクテリア多様性の増加は、(A)血漿中のTGF-β1濃度の増加(LMM中の全小児)と関連し、介入小児の間では(B)IL-17A濃度の減少と(C)Treg細胞頻度の増加と関連していた。

 

 

【結論】

 

微生物学的に多様な土や植生の中で都市部の子どもたちを遊ばせることで、皮膚や腸内の細菌叢が変化し、毎日のように近隣の森を訪れる自然志向型園の子どもたちと似た皮膚・腸内の細菌叢となることが明らかとなった。

 

この変化は、1ヶ月という比較的短期間の間に免疫系の変化が並行して起こる可能性がある。

 

これは、生物多様性介入が免疫調整経路を刺激した可能性がある。

 

(ただし、研究期間中に減少するなど結果にやや矛盾もあり、今後のさらなる調査が必要であることが、論文中で述べられています。)

 

 

そしてこの研究者は、以下のようにまとめています。

 

運動場や保育園、学校の校庭などの安全な都市の緑地で、子どもたちが多様な植生や土に日常的に触れる機会を提供することで、免疫系の調整経路が活性化され、子どもの健康状態が改善される可能性がある。

 

これは、過剰な免疫反応を減少させ、結果として、免疫介在性疾患の発症リスクを減少させる可能性がある

 

さらに。

今回のような生物多様性の介入は、子どもたちを、微小な無脊椎動物、原生動物、真菌、古細菌、ウイルスを含む、広範囲の環境微生物に曝露するものであった。こうした環境微生物への曝露は、皮膚や粘膜を含む複数の経路で行われており、プロバイオティクス細菌による経口治療よりもはるかに広い範囲のパターン認識受容体(PRR)を活性化するはずである

 

 

(石田より)

 

ただし、本論文では、微生物群集の動態を理解し、血漿サイトカインの変化を長期的に見るために、生物多様性介入の効果をより長期的に追跡する必要性が述べられています。

 

私も今回の論文を読むにあたって、知らない専門用語がたくさんあったので、国内の他研究等も少しですが読みました。

腸内細菌については、研究が進んでいるものの、特定の病気における腸内細菌の関係であったり、マウス等での実験による結果など、体内の細菌叢と免疫調整機能の関係は断片的にしか明らかになっていないようです。

(私自身、この細菌叢と免疫に関わる体内物質について理解が及ばない部分も多く、もし間違った解釈をしている部分がありましたら、申し訳ありません。)

 

今後様々な方法、切り口から環境や体内の細菌叢と免疫の関係が明らかにされていくことと思います。楽しみですね!

 

 

また、園庭に生物多様性を取り入れることと合わせて、日常的に近隣の森林を訪れる保育が、子どもの免疫機能を高める可能性があるのですね。

 

園庭に生物多様性を取り入れることは、まず、背の高い木だけでなく、地表面の植栽から子どもの視界くらいの高さの灌木や低木、そして背の高い木まで多層構造で園庭の植栽を考えていけると、良いかなと思います。

 

合わせて、園庭の地面は、重機等で踏み固められている場合が多いため、少しずつでも生き物が暮らしやすい土へ育てることをお勧めします。

参考→ 健康な土へ:団粒構造自然のつながり/関西学院幼稚園さん・夢の鳥保育園さん~刈草や落ち葉を撒く

 

地域の森についても是非、市区町村の公園や森林整備課等に利用しやすい場所を尋ねられたり、市民活動をサポートする課で森林の手入れをされている団体さん等を紹介してもらったりと、地域の方々に相談して頂ければと思います。

 

 

[用語説明]

 

・林床=森林の地表面。

 

・泥炭=主に気温の低い涼しい気候の沼地で、植物の遺骸が十分分解されずに堆積して、濃縮されただけの状態で形成される泥状の炭。

 

・微生物叢(びせいぶつそう):生態系における生きた微生物の集合。「叢」は‘くさむら’という意味。(微生物=目に見えないくらい小さな生き物のこと。細菌、菌類、ウィルス、微細藻類、原生動物などが含まれる)→ 参考

·腸内細菌叢:

全身に共生する細菌の中で、特に、大腸に形成されている微生物の集団を「腸内細菌叢」といいます。別名として「腸内フローラ」もよく使用されますが、近年は「microbiota(ミクロビオータ)」「microbiome(ミクロビオーム)」が科学論文では一般的に使用されています。大腸内は、世界で最も微生物密度が高い場所ではないかと考えられている。→参考

 

・種数と多様性:

同じ種数であっても、その中で特定の種だけが多い場合もあれば、どの種も同程度に多い場合もあり、その均等度は異なる。そのため、種多様性を表現するために、「種の豊富さ(RIchness)」と「均等度」を共に考慮した多様度指数(diversity index)が考案されている。(Wikipediaより)

 

・プロテオバクテリア:

プロテオバクテリア門は細菌の門の中で最も記載種が多い分類群であり、生理・生化学的に多様な性質を持った菌種が含まれている。この門はアルファ、ベータ、ガンマなど5つの綱より構成される。→参考

・アルファプロテオアクテリア:

アルファプロテオバクテリアには光合成性の属の大部分と、それ以外にC1化合物を代謝する属、植物や動物の共生体、危険な病原体であるリケッチアなどが含まれている。サイトカインを誘導する能力が低くなる。

・ガンマプロテオバクテリア:

医学的、社会的に重要な細菌を多く含む。腸内細菌科、ビブリオ科などである。腸炎やコレラなど重要な病原菌もこの綱に属する。マクロファージにかけた時に、炎症性であれ炎症抑制性であれ、サイトカインを誘導する能力が極めて高い。→参考1, 2, Wikipedia

 

・Clostridiales(クロストリジウム属細菌):

消化管に常在し、免疫抑制に必須である制御性T細胞(Treg細胞)の産生を強力に誘導する。クロストリジウム属細菌を多く持つマウスは、腸炎やアレルギー反応が起こりにくいことも明らかになっている。→参考

また、乳児マウスにおいても,Clostridiales 目細菌の投与により腸管病原細菌に対する感染抵抗性が強化された.このように、Clostridiales目細菌は,腸管病原細菌に対する CR を強化するが,単独では無菌マウスの腸管で効率的に増えることができず,乳児期に存在する腸内細菌によって増殖が促進された.そして乳幼児期に存在する腸内細菌の代謝産物が Clostridiales 目細菌の増殖を促進していた。以上の結果から、腸内細菌叢は乳幼児期における腸管病原細菌感染に対する感受性を決定する重要な因子であることが明らかになった。→参考

 

・サイトカイン:

私たちの体にはさまざまな種類の免疫細胞が存在しており、免疫細胞がサイトカインというタンパク質を分泌することで情報を伝達しあって、病原性細菌などの異物から体を守っている。免疫細胞の活性化や機能抑制において重要な役割を担う。

・インターロイキン-10(IL-10):

主に単球系細胞に作用して炎症性サイトカインの産生を始めとする免疫機能を抑制性に制御する他、リンパ球に対しても単球系細胞を介して間接的に抑制作用を示す。→参考

・インターロイキン-17(IL-17A):

IL-17Aを産生するCD4+T細胞はTh1やTh2細胞とは異なるTh17と呼ばれるサブセットであり、この細胞集団が自己免疫やアレルギー応答、細胞外増殖性細菌感染防御などで中心的な役割を果たしていることが次第と明らかになっている。→参考

 

・Treg細胞(制御性T細胞):ヒトの免疫系は、ウィルスや細菌に感染した細胞やがん細胞などの“非自己”を攻撃して破壊する能力を持っている。この時、適切な制御機構が働いていないと、非自己の細胞だけでなく健康な自己の細胞も破壊し、自己免疫疾患を引き起こす。Treg細胞は、こうした自己免疫疾患や健康な細胞に対する誤った破壊を防ぐために、免疫系を制御し恒常性の維持に働いている。→参考

 

・Ruminococcus:

・Faecalibacterium:

酪酸を産生する腸内細菌。

健常児の腸管には「酪酸生産性菌」の存在比が高いのに対して、患児では「酪酸以外の脂肪酸を産生する細菌」の存在比が高い結果であり、腸管の完全性を維持するのに必須の成分であるムチン合成を十分誘導可能とするためには、乳酸産生菌と酪酸産生菌のコンソーシアムが必須であると考察されている。→参考1, 2, 3

 

・プロバイオティクス:

定義「腸内フローラのバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物」が広く受け入れられている。また、現在では「十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物」(FAO/WHO)という定義の公表もされている。 なお、その微生物を含む食品(ヨーグルトや乳酸菌飲料)自身をプロバイオティクスと呼ぶこともある。→参考

 

 

園庭研究所 代表 石田佳織

園庭校庭や地域での保育・教育について、先生・保護者さん・子どもと一緒に考えるワークショップ(研修)をさせて頂いております。→ ご案内

お問い合わせ: 電話:080-2381-8611  /  メールを送る

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調査研究→ 東京大学Cedep園庭調査研究グループ 

 

 

【園庭や幼児と自然のについての著書】

『園庭を豊かな育ちの場に:質向上のためのヒントと事例』

園庭園庭全国調査に基づいて、園庭での保育・教育の質をより高めるための視点や工夫をご紹介しています。面積が小さな園や制約がある園での工夫や、地域活用の工夫もご覧いただけます。

* 2019こども環境学会賞【論文・著作賞】を頂きました。

 

『森と自然を活用した保育・幼児教育ガイドブック』

石田は以下を担当させていただきました。→第1章5「幼稚園施設整備指針と園庭調査を踏まえた屋外環境のあり方と自然」東京大学Cedep園庭調査研究グループ/第1章8「幼稚園教育要領等の5領域に合わせた先行研究」北澤明子, 木戸啓絵, 山口美和, 石田佳織

 

『保育内容 環境 第3版』

石田は第6章4節「自然環境と持続可能な社会」を担当させていただきました。