でたらめな国 | QVOD TIBI HOC ALTERI

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Das ist ein Tagebuch...

<1 誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する
2 被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む
3 被害者同士を対立させる
4 データを取らない/証拠を残さない
5 ひたすら時間稼ぎをする
6 被害を過小評価するような調査をする
7 被害者を疲弊させ、あきらめさせる
8 認定制度を作り、被害者数を絞り込む
9 海外に情報を発信しない
10 御用学者を呼び、国際会議を開く

 これは、日本で政府が福島原発事故の被害者に対してとっている手口の一例だ。列挙するのは、京都を拠点に20年以上前から原発反対運動に取り組んでいるNGOグリーンアクションの創立者で代表のアイリーン・美緒子・スミスさん。曰く、国のやり方は、工場排水に含まれるメチル水銀が原因で1956年に最初の例が発覚した水俣病の場合と全く同じ。

 著名なアメリカ人写真家で後に夫となるユージン・スミス氏の片腕となり、二人で九州の水俣に移住、この公害病の実態、企業の犯罪と被害者の苦 悩を世界に知らしめたアイリーンさん以上に、二つのケースの共通点について的確な指摘をできる人はおそらくいないだろう。

 最後の点に、思わず失笑する。学会ではないけれども、昨年12月15日から17日に福島県郡山市で日本政府が主催し国際原子力機関(IAEA)が共催した「原子力安全に関する福島閣僚会議」を思い起こさずにはいられないからだ。

 「117 の国及び13の国際機関、46の国・国際機関から,閣僚・国際機関の長を含むハイレベルが参加」(外務省)した会議の成果物は、市民社会の危惧した通り、 被害者の実情に即した要望には耳を傾けず、ひたすら自画自賛し現状を過小評価するものだった。それが、国際原子力機関のお墨付きで行なわれたのだ。>((毎日新聞2012年2月27日 東京夕刊から)

 酷い話である。私見では、日本政府がでたらめなのは、何も今に始まったことではない。明治以来の伝統であるが、戦争中から戦後ずっと、そのでたらめさ加減は、常軌を逸している。国民に塗炭の苦しみを嘗めさせた官僚や、敵ではなく、自国の兵士をあたかもちり紙の如く扱い数万人単位で見殺しにした軍参謀が左遷されることなく、それどころか出世し、敗戦後ものうのうと生き延びた。それを阻止しようと正論を述べた者は、決まって左遷されるか、捨て駒にされた。

 そして今、発行残高1000兆円と、狂気のような国債乱発発行、国民の年金の不正流用などを筆頭に、様々な政財官三つ巴の犯罪が横行するわが国ならではの光景。もはや怒りすら湧いてこない。我々の手に負えるような状況ではないからである。

 そうした狂気・でたらめさをなんとも思わないか、何にも気づいていないのが一般国民というのも、それどころか、国民そのものがそうした土壌を醸成する温床である点で、救いようがないのが、日本という国なのである。私はそう思う。上記のように、自国のことなのに、正論を述べ問題点を指摘するのは、多くの場合、日本人ではなく、良識ある外国人である。私は少なくとも、正論が少しでも通用する国、悪いことは悪いと堂々と言える国に生まれたかったと、つくづく感じている。