エミリア・ロマーニャ州を発ち、次に目指したのは、ヴェネト州にある、
ヴェネツィア。
言わずもがなと思うけれども、あの「水の都」として有名な水上都市です。
なぜ、ヴェネツィアに来たかと言うと、答えは簡単。
この目で、見てみたかったから。
正直、建物とか、そういうものには、ものすごくうとい僕。
ただ、とにかく、この世界中の海岸を全部あわせると、どんな距離になるかも知らないし、
その想像も出来ないくらい長い海岸にある、海辺の町がいくつあるのかも、まったく検討も
つかないんだけど、そんな中、この街がなんで「水の都」なんて言われてるのかを、
自分のこの目で見ないといけないって、本能的に思ったんです。
ほんとに、ただ見たいだけ。 その為だけに来たこのヴェネツィア。
駅から降りると、目の前が広く開けていて、いろんな人が歩いています。
その先には、運河。
この段階では、まだ、そんなに特別な感じもしません。
ただ、あーヴェネツィアに着いたんだぁ!って言うちょっとしたうれしさだけ^^
でも、僕のヴェネツィアに対する気持ち(感動)はこのあと、少しずつ。じわりじわりと
膨れ上がっていくのです。
その理由は、街を歩くと、すぐわかるはず。
イタリアで、これまでも、いろんな街にいきました。
いや、もうここではイタリアっていうより、日本の観光地もふくめて言ったほうがいいかもしれない。
人ってなんとなく、大きなものに驚きを感じたり、感動したりってことが多い気がします。
特に、人間が作ったものに関しては、たとえば、巨大な建造物。
タワーだったり、ビルだったり、ドゥオーモだったり。
目の前にある、モノの壮大さに目を奪われます。
大きさを感じずに感動するものは、意外と、自然のモノがほとんどのように感じる。
紅葉とか、桜の木とかね。
ただ、僕がここヴェネツィアで感じたのは、ここは、人口に作られた街。 なのに、
後者の感動だったんです。
街をめぐらす、生活のほんとに一部になっているような小さな運河。
無数にあるそれをひとつ、ふたつ、越えるたび、今まで見たことのない光景を目にして、
驚きっていうより、愕然とするくらいの感動が、こみ上げてくるのです。
下の写真、今までの僕の常識では、川です。 川じゃなきゃおかしいもの。
でも、これ全部、紛れもない海水。 海の一部なんです。
その海沿いには、民家が立ち並び、家の扉をあければ、すぐに運河(海)という、
ほんとに不思議としか思えない状況が、この街では、毎日普通の事として、
流れているのです。
もちろん、ドゥオーモだってみたし、サン・マルコ広場だって、リアルト橋だって見ました。
ただ、僕にとっては、それは、この街のほんのちょっとした一部にしか感じられず、
初めて訪れたヴェネツィアは、この小さな運河に魅了されたのでした。
そう考えると、先に自分が書いていたことが少し、矛盾しているのかもしれないなって気付きました。
言い直します。
「ここは、感動を与えてくれる、小さな自然と、小さな人工物が調和して出来た
巨大な集合体、水の都ヴェネツィアという街です。」


















