顎下腺唾石症のこと:4.口腔外科初診 | Hachikography!

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2015年6月16日。




横浜市立大学附属病院 口腔外科、受診。




場所は、八景島シーパラダイスのさらに先。

ということで、恐怖のシーサイドラインです(高所恐怖症なもので)。

「市大医学部駅」で降りて、自動ドアを通るともう病院。本当に直通です。





結局この日まで、唾石が自然に出てくることはありませんでした。

前の病院で再診してもらってから、

横浜市大病院にかかろうかとも思ったのですが、

どうしても足が向かず、見送ってしまいました・・・。





そういえば、この日を迎える数日前、

病院へのアクセス方法等を調べていた時に、

「初診受付時間 午前8時30分~10時30分」という表示を目にして、



先生との約束の時間は13時30分だったので

10時30分までに受付だけ済ませて、

13時30分まで待機していなくてはならないのかと不安になって、

病院に電話をしてみることに。





問い合わせの番号にかけて事情を説明すると、

口腔外科にそのままつないでくれたので

口腔外科の受付の女性の方に聞いてみると、




「先生と直接お約束されているのであれば、

13時ごろに初診受付のところに来て下されば大丈夫ですよ」

とのこと。一安心。





最初の方も口腔外科の方もそうですが、

とにかく話していて安心するような感じの良さで、



「私から初診受付に話を通しておきますから、ご心配なさらないでくださいね」とか

名前を名乗り忘れていて、最後に名前を名乗ったら



「あ!岩井先生から伺ってますよ~!

わかりにくくてご心配でしたよね、すみませんでした汗」とか



初めての症状で初めての病院で遠方だしで、不安でいっぱいだったので、

どれだけ心救われたことか…





なので、着いたときにはすでに

初診受付に「本日終了」と看板が出ていたわけですが、

特にまごまごせず、

保険証を持っていって名前を名乗ってみると、

「岩井先生ですね、伺ってますよ」と…

こういうところで不安にならない病院っていいなぁと改めて。





とにかく広い病院内。




受付の方が簡単な地図のようなものを下さって、

口腔外科の場所を口頭でも教えて下さったのに



私、自分でもびっくりするくらいの方向音痴なもので、

一度全然違う空間に迷い込むという・・・。それくらい、広い(コラ)。



同行してくれていた母のおおかげでなんとかたどり着けました。

いい歳して恥ずかしい限りです・・・。





待合で少し待って、いよいよ呼ばれて診察室へ。



診察室も広くて、

一つの部屋がいくつにも区切られていて、それぞれに先生がいらっしゃる。

看護師さんもたくさんで、診察室をせかせかと動いていて

さすが大学病院・・・といった感じ。




そしていよいよ岩井先生とご対面。

「初めまして」のご挨拶をして、

これまでのこともいろいろとお話しして。

とってもフレンドリーな先生だったので、

この時点で、不安に思うことは全部話せました。




よし、とにかく一度CTを撮ろう、ということになって、

人生二度目のCT。




CT担当の方が部屋の中で待っていて、

ネームプレートを指名しながら自己紹介してくださるのも、なんだか好感。


そして、今回はものすごくがっちりがっちり固定されて

「動け」といわれても動けないくらいのがっちり具合だったので、

全然つらくない…!(都度都度前の病院と比較してしまうのは良くないかな・・・と思いつつ)





撮り終えて再び口腔外科の待合に戻って、受付の方に終わった旨伝えると



受付の方が交代していたらしく

名前を名乗ったら




「初診受付大丈夫でしたか??汗




・・・電話のお姉さんだった

覚えててくれた・・・ほっこり。

こういうマニュアルじゃない優しさが本当にほっこりさせてくれる。





再び岩井先生のところへ。




CTの結果から、



やはり石が二つできていて、

へびが卵を丸のみしたようになっているとか(イラストを描いて説明してくれました)。





そして、少し考えた末に



どこかへ一本電話をして、何かの有無を確かめて





私に一言




「今日、時間大丈夫?」




急遽、この日に手術が行われることになったのでした。






つづく






hachiko